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2002年9月のコラム

二元代表制と知事の不信任
 県議会の不信任議決を突きつけられた田中康夫氏が、ふたたび長野県知事として選出された。この間の政治過程には戦後の地方自治を考える上でも多<の論点に満ちている。この点については本欄8月号「失職の選択はスジ違い?」(今村都南雄)で取り上げられた。それを読んで、片山総務相の発言に「おや?」と思ったのは私ひとりではなかったことを知った。そして、なぜ総務相はあのようなスジ論を展開したのかに興味をもった。
 まず、総務相の見解から見ておこう。
 「不信任 → 失職 → 再選挙」という田中氏の選択に、片山虎之助総務相は「議会の解散が筋だろう」と疑問を投げかける。「首長は『議会がおかしい』と思えば解散する。解散しなければ『なるほどそうか』と(認めたことになり)失職する。地方自治法は、知事選だけやるということは想定していない」。(8月22日朝日新聞)
 さて、このような解釈はいかにして形成されたのであろうか。このことを考える糸口として、制度沿革をひもといてみよう。
 まず、我が国の地方自治制度に不信任 ― 解散という仕組みを採用したのはいつのことであろうか。1946 年、日本憲法の制定に先立って戦前の市制・町村制および府県制がいち早く改正されているが、このときに新設されている。
 府県制84 条(市制90 条の3、町村制74 条の3)
@ 府県会(市町村会)二於テ府県知事(市町村長)不信任ノ議決ヲ為シタルトキハ府県知事(市町村長)ハ十日以内二府県会(市町村会)ヲ解散スルコトヨ得
A 府県会(市町村会)解散ノ場合ニハ二月以内二議員ヲ選挙スベシ
B 府県会(市町村会)二於テ府県知事(市町村長)不信任ノ議決ヲ為シタル場合二於テ第一項ノ解散ヲ為サザルトキ又ハ解散後初テ招集セラレタル府県会(市町村会)二於テ再ピ府県知事(市町村長)不信任ノ議決ヲ為シタルトキハ府県知事(市町村長)ハ退職スルコトヲ要ス
 この時の改正は、それまでの市町村長選出方法を大幅に変更して、いわば二元代表制に改革したことにおいて特筆すべきものであった。また、これと軌を一にして、直接請求の制度や行政委員会システムの採用など、こんにちの地方自治制度を特徴づける諸制度がうち立てられたのである。すなわち、戦後地方自治制度の新しい骨格は、憲法の制定施行前に形づくられていたということができそうである。問題は、新しい憲法が宣言した地方自治の憲法保障を含む新生日本の理念が、その後の自治制度改革に共有されてきたかどうかということである。
 片山総務相は自治省の出身であるから、戦前においては府県会の解散権が内務大臣にあったこと、1946 年の府県制改正の政府原案では、不信任を受けた知事は対抗手段としての議会解散を自ら行うことはできず、内務大臣に解散を請求することにしていたことなどを熟知しているのであろう。その理解からすれば、不信任 ― 解散という首長・議会関係は、まさに議会によって選出された戦前の議院内閣制の延長線上に捉えられても仕方がないところがある。そしてその結論は、「信任を失った知事が再び選挙に出馬することにはならない」ということになったのであろう。
 以上、先の報道にもった違和感の正体を探っていくうち、戦前から戦後への転換を促したものが重層的に存在することを知った。そして総務大臣の理解は、1946 年につくられた制度を憲法が指し示した新しい思念で照射し直すという作業を怠ったがゆえのものではないか、と推測するのである。
つじやま たかのぶ・地方自治総合研究所主任研究員・研究理事)

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