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2009年12月のコラム

働くための基礎知識

 

11月中旬の日曜日、紅葉が始まりだした同志社大学明徳館で、一つのシンポジウムが開かれた。テーマは「若者が雇用につまずかないために」。NPO法人あったかサポートの主催で、京都府や京都市、京都経営者協会などの後援を受けた。厚生労働省の「ふるさと雇用再生特別交付金事業」の一つでもある。200人の参加者を得て盛会だった。

 このシンポジウムの問題意識の出発点は、大学生や高校生などに基本的な労働関係や社会保険の知識が不足していて、それが若者の雇用問題を複雑にしているのではないか、ということであった。労働基準法や雇用保険法などに示される労働者の権利と義務を現場で活かすためになにが必要か。働くことで生まれるリスクをカバーする労災保険や年金など社会保険の安全網をどう活用するか。そして、困ったときの相談機関はどこにあるか。

 そのこともあって、あったかサポート(http://www.k4.dion.ne.jp/~attaka33/)は今年1月に、Q&A方式にイラストを多用した35の質問からなる52頁の小冊子「働く前に知っておきたい基礎知識」を発行した。執筆はベテランの社会保険労務士3人が分担し、相談しながらポイントが伝わるように工夫している。これは初版1,000部が3ヶ月ほどで売り切れるほどの人気を得た。現在は3月までの雇用保険法改正を盛り込んだ改定増補版を出している。全国からの注文では、意外に高齢者からのものが多い。孫のことを心配しているのである。

 この「基礎知識」をきっかけに、この春から京都府や大阪府の高校、特に就職希望者が多い定時制高校、それに大学の就活中の学生を相手にした「出前授業」を引き受けることが増えてきた。大学では、龍谷大学や同志社大学、京都女子大など。ただしまだゼミ担当の教員や高校の教諭の個人的な問題意識に頼るところが大きい。

 シンポジウムでは府立高校と京都市立高校の進路指導の先生二人から、主に定時制高校の現状を話してもらった。定時制高校では、10年ほど前には、昼間は正規労働者に近い労働をして、そのまま就職というパターンがあったが、現状はアルバイトばかりでそのような展望がない、という。経営者協会からのパネラーの話でも、企業に余裕がなくなってきていて、成果主義が幅をきかせ働きたい若者への期待水準が高く、若者の意識の現状とのギャップが大きくなっている。余裕がないためにOJT(作業中に仕事を教え、スキルをあげる)ができなくなっているのだ。

 また高校の教員や経営者にもこの「基礎知識」が全く不足していることも議論された。たとえば、経営者が、アルバイトでも一定の基準をクリアすれば有給休暇を与えなければならないということを知らない。また解雇には1ヶ月前の予告が必要だという知識もない経営者が普通にいる。これでは「個別労使紛争」の種はつきない。

 我が国の場合、学校教育の中にこのような「働くことの市民的常識」を培う視点が欠けている。また社会的にも、企業経営の中心的な課題として、人を雇うことの意義を考えることの重要性の意識が希薄だった。また、労働組合の側も、労働者の家族(主婦や子ども達)に対して、労働者としての教育をすべしという視点に欠け、その結果パートに出る主婦や、就労する子ども達が社会的に無防備の状態であることに無関心だ。

 長期的観点から、首長および都道府県や市区町村の教育委員会および議会は、学力強化を推進するばかりではなく、広く学校教育のカリキュラムとして、「働くことの市民的常識」を共有する時間を積極的に組み込んでいくことが望まれる。

 先の小冊子の前書きは言っている。「資本主義社会は企業側の経営権の乱用を伴い18世紀から20世紀にかけて多くの労働者の犠牲を礎にして発展してきました。そのような『発展』が人間としての尊厳を奪い、ひいては社会の活力を奪うことに気づいた先人たちは、社会的に企業権力の規制を行い、社会保険などの生活保障制度をつくり、そして労働者の団結権を保障してきました。今ある労働基準法などの社会的な規制法規や社会保障法は、様々な歴史の経験から生まれ、この社会を持続可能なものとする知恵の結晶なのです。」

 すなわちこれらを活用して市民をエンパワーメントすることも、これからの自治体の責務のひとつなのである。



さわい まさる 奈良女子大学名誉教授

 

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