HOME

自治総研とは

プロフィール

プロジェクト

出版物

自治動向

コラム 中央の動き リンク
▲HOME > ▲コラム  > 2015年5月のコラム

2015年5月コラム

「事実婚」とシェアハウス ― その解釈と運用

辻山 幸宣

 国立市のシェアハウスに住むシングルマザーが、同じハウスに住む男性と「事実婚」の関係にあるとみなされ、2014年11月、児童扶養手当および都の児童育成手当を打ち切られたことが報道されて以来、Web上では大きな反響を呼んでいる。それらの書き込みの多くは「理不尽」「役人仕事」といった自治体行政への批判・非難が中心である。なかには上司の予算削減指示との板挟み状態にある窓口職員の「処世」の問題との立ち入った分析もある。だが、この問題の背景には政府間関係をめぐる混乱というか現状がある。それは「事実婚」をめぐる解釈者と実際の判定者との問題である。
 地方分権改革が行われた2000年以前、児童扶養手当の支給は機関委任事務であった。当然、その実施に必要な支給基準等については国の考えが「通達」で示される。1980年6月に厚生省から発せられた「児童扶養手当及び特別児童扶養手当関係法令上の疑義について」(各都道府県民生主管部(局)長あて厚生省児童家庭局企画課長通知)もそれであった。これには、「母がいわゆる事実婚をしている場合には支給されない」として、「事実婚」の解釈が示されている。「当事者間に社会通念上夫婦としての共同生活と認められる事実関係が存在しておれば、それ以外の要素については一切考慮することなく、事実婚が成立しているものとして取り扱うこととした」というのである。さらに「事実婚は、原則として同居していることを要件とする」基準も示した。
 さて、今回の国立市のケースでは、この「同居」という事実に着目して支給の停止および既支給額の返納の処分をおこなったわけだが、シェアハウスなので住所は同じとなるのは当然だ。報道はこれについて、市担当者「事実婚でないという女性の主張は本当だと思うが、やむを得ない」、都「異性と住所が同じなら、同一世帯でないことが客観的に証明されないと受給対象から外れる。シェアハウスだからだめだという話ではなく、各市区で判断してもらうことだ」というそれぞれの無責任な反応を載せている。
 国はというと1月6日の塩崎厚労大臣の記者会見での発言が注目される。「一緒に住んでいるからというだけでは……それを打ち切るのは簡単ではない」と市の判断に疑義を示したうえで、「いずれにしても、きちっと受給資格者の生活実態などを確認した上で、適正な支給手続きが行われているかどうかということをそれぞれ市町村がきちっとやっていただくということが大事」だと他人事のように述べた。すでに2013年7月8日に開催された「第4回児童部会ひとり親家庭への支援施策の在り方に関する専門委員会」において、1980年通知の見直しの必要性が指摘されていたのにである。赤石千衣子氏(NPO法人しんぐるまざあずふぉーらむ理事長)は次のように提案した。「1980年の通知が子供の権利条約、児童虐待防止法あるいは家族観・住まい方の変化、シェアハウスも増えております。これらに適合しているかどうかということを再検討することが必要ではないか」。
 1980年に機関委任事務関連の通知として作成され、分権改革後もそのまま継続させてきた「事実婚」の解釈基準が生み出した混乱である。もちろん、分権改革があったのだから、国の基準などにとらわれず自主解釈でやれという意見もある。そこで検討しなければならないのは、現在は第1号法定受託事務とされているこの事務についての「処理基準」として上の課長通知が存在しているのかどうかということである。もしそうならば、国が赤石氏の指摘する「通知の再検討」を1年以上も怠ってきたことは重大である。
 国立市議会が採択した意見書には、市に対して実態に即した支給を行うことを求めるとともに、国ならびに東京都に対して「シェアハウスが増えている昨今の時代状況に鑑み、同一住所に異性が居住しているだけで児童扶養手当と児童育成手当が支給停止となっている現状を改善し、実態に即して支給するよう基礎自治体を指導すること」を求めている。当初これを目にしたとき「えっ、国・都の指導を求める?」と奇異に感じたものだ。そうすると、法定受託事務の定義に「国においてその適正な処理を特に確保する必要がある」(地自法2条2項)としている理由はいったいどのように考えればいいのかという疑問が生じる。この問題、つまり法定受託事務の主管省だからということと関連するかどうかはわからないが、厚労省は4月17日、新しい通知を出して「形式要件により機械的に判断するのではなく、受給資格者の生活実態を確認した上で判断し、適正な支給手続きを行っていただくようお願いする」とした。実態の確認にはプライバシーがともなうことも予想され、実に困難な作業が求められることとなった。これが分権ということか。

 

(つじやま たかのぶ  公益財団法人地方自治総合研究所所長)

 

 

  > 2015年5月のコラム

HOME

自治総研とは

プロフィール

プロジェクト

出版物

自治動向

コラム 中央の動き リンク
 

〒102-0085東京都千代田区六番町1 自治労会館4階
TEL 03-3264-5924/FAX 03-3230-3649
アクセスマップ

©Copyright 2002: The Japan Research Institute for Local Government