地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』

2002年10月自治動向


構造改革特区―地方自治にとっての意義とその問題点―
嶋田暁文
 構造改革特区をめぐる動きが慌しくなってきた。11月5日には「構造改革特別区域法案」が閣議決定され、現在、国会で審議中である。(その後、12月11日の参議院本会議で可決、成立した。)
 構造改革特区とは、従来の地域振興が特定地域に対して補助金や税制措置をとることで企業誘致を行う形式をとってきたのに対し、規制という全国画一的な法体系を特定地域に限定して緩和もしくは撤廃することを通じて地域の活性化を図ろうとするものである。原則として特区対象地域に対して補助金等を出すことはしない方針となっている。これは、小渕内閣、それを引き継いだ森内閣が公共事業等の景気対策によって現在の不況を打破しようとしたのに対し、「自民党を変える」として登場してきた小泉内閣ではそうした政策スタンスとは一線画す必要があったためである。このしくみをめぐる経過は次の通り。

【経過】
<2002年>
 3月12日、総合規制改革会議で「規制改革特区」に言及
 3月15日、経済財政諮問会議で「構造改革特区」に言及
 7月26日、内閣に「構造改革特区推進本部」設置
 8月30日、地方公共団体および民間企業等からの構造改革特区の提案を締め切る。 →231の自治体および18の民間企業・大学等から合計426件の提案があった。)
 9月6日、「地方公共団体等からの構造改革特区の提案について」
 9月20日、「構造改革特区推進のための基本方針」
 9月25日、構造改革特区の提案に対する各省庁からの回答等
 10月1日、構造改革特区の提案に関する地方公共団体等からの提出意見の集計結果
        構造改革特区の提案に対する各省庁からの再回答
 10月7日、構造改革特区の提案に対する各省庁からの再々回答(10月21日追加)
 10月11日、「構造改革特区推進のためのプログラム」
       地方公共団体等から提案のあった規制改革要望への対応状況
 10月22日、構造改革特区構想の提案主体からの意見に対する各省庁からの
        回答(10月31日追加)
 11月5日、「構造改革特別区域法案」閣議決定
 11月7日、構造改革特区の第2次提案募集開始(~2003年1月15日)
 12月11日、「構造改革特別区域法」成立

 なお、この制度と類似のものとして、「都市再生緊急整備地域」を指定する都市再生法があるが、これは、規制緩和の内容が土地利用に関するものに限定されており、また決定主体あるいはイニシアティブが自治体ではなく国にあること、また国からの財政的支援があることなどの点で、構造改革特区とは質的に異なる。
 また、特区というしくみの実現は今回が初めてではなく、「一定の地方公共団体が実施する地域作りについて地方公共団体の自主性・自立性の一層の発揮等を可能とする許認可等の特例措置を試行的に講じ、その実施結果の評価等も踏まえて一般制度への移行を検討し、もって地方分権の一層の推進を図ること」を目的とする「地方分権特例制度」(1992年12月8日閣議決定、同年6月12日の第3次行革審答申に盛り込まれた「パイロット自治体」構想に基づく。)が過去に存在していたところである。しかしこの制度では、「関係の許認可等、補助金等に関して、法律の制定又は改正を要しない範囲で」との限定がなされており、結果的に、事務手続きの弾力的運用、簡素化の域を出なかった。それに対し、今回の特区制度では、そのような対象の限定はなされていない。
 ところで、上記経過にあるように、政府は、本年8月30日を締め切りとして、自治体および民間企業等から構造改革特区の第1次提案を募った。その結果、231の自治体および18の民間企業・大学等から合計426件の提案があったとのことである。各省は、これらの提案を検討し、次のような分類を行った。

A:「特区として実施」93件(うち法律事項17件)
B:「全国で実施(原則として平成15年度中までに実施、対応内容が明確)」111件
C:「今回は特区として実施されないもの」141件(C-1:「地方公共団体等の要望を踏まえ、今後引き続き検討を要するもの」:112件、C-2:「担当省庁が全国で実施する方向で検討しているもの(時期、対応内容が不明確なもの又は実施時期が平成16年度以降となっているもの)」:29件)
D:「現行で対応可能と考えられるもの」311件
E:「その他」247件(E-1:「規制自体が存在しないなど事実誤認のもの」74件、E-2:「税の減免、補助金等の交付要件に関するもの等」173件)
*総事項数903件。提案数426件と一致しないのは、一つの規制に対し、例えば根拠条文の異なる規制改革要望事項について複数として挙げているためか??

 ここから分かるように、「特区として実施」されるもの(これは構造改革特別区域法により実施される)の他、「全国で実施」するという類型があり、実質的に、法制度の改革に係る自治体の提案権の賦与制度として機能している面もあり、地方自治の観点からは評価できる。また、「現行で対応可能と考えられるもの」も相当数存在しており、これらについては、自治体側が勝手にできないと思いこんでいたことになる。こうした自治体自身の自己限定的認識の存在が明らかになった点でも今回の特区制度は意味があったと思われる。さらに、先に言及したように、都市再生法と比較してもトップダウン型ではなく、自治体のイニシアティブを尊重する形で分権型の制度設計がなされている点も評価できる。
 もちろん一方で、(「今回の制度は官僚によって完全に骨抜きされた空虚なものであって全く意味がない」とする見解は一つの立場としてさておくとしても、)幾人かの論者が指摘するように、内在的な問題点がないわけではない。第1に、失敗した場合にどうするのか、規制を元に戻せるのかという問題である。第2に、特区制度に基づいて、先行して発案した地域が一人勝ちしてしまう可能性がある。第3に、教育系の特区の場合に顕著であるが、特区が効果を発揮し、地域が活性化するにはかなりの年数が必要なため、評価・見直しが困難である。第4に、規制対象が物理的地域と一致しない場合には問題が複雑になる(1)。
 これらの問題点の指摘はそれぞれに一考に値するが、仮にそうした問題点があるとしても、制度全体を否定すべきではあるまい。むしろ自治体関係者は、これらの問題点をクールに認識しつつも、制度の可能性を最大限に引き出す努力をすべきである。
 ただし、あまり他では指摘されていないが、この制度には、地方自治の観点から無視し得ないもう一つの問題点が内包されているように思われる。それは、この制度ができたことによって、自主解釈を通じた条例づくりの機運が低下する恐れはないか、特区制度ができたことで係争処理のしくみが回避され、用いられなくなってしまうのではないか、という問題である。
 自治体側からすれば、法令に抵触する可能性のある事柄を行いたいと考えた時、違法のおそれなく安心してそれを実現することができるという意味で、特区制度は魅力的なしくみである。特区制度では、各省庁は、自治体の提案に対し返答義務および説明責任が求められる。しかし、最終的に省庁側が当該提案を容認しなければ何も実現しない。特区制度で提案が通らなかった場合、自治体は、省庁の意向に反してでも自主解釈に基づく条例を制定する覚悟を持てるのであろうか。
 安易に特区制度に流れてしまうと、せっかく分権改革によって高まった、自治体による法令の自主解釈権が活かされなくなってしまう危険性がある。したがって、特区制度を用いる場合でも、省庁の見解はあくまで一つの法令解釈に過ぎないことを肝に銘じておく必要がある。そうでなければ、特区制度は、係争処理制度の骨抜きのための制度に成り下がってしまう。
 特定の試みについてはあえて特区制度を用いず自治体独自の条例によって実現するといった、制度の使い分けも一方で意識しておく必要があろう。

【参考文献】
白石賢(2002)「規制改革特区提案をめぐる法的論点について」(上)(下)『自治研究』第78巻第7号、第9号。

(1) 例えば、白石論文では次のような事例が取り上げられている。A市に「労働特区」を設け、派遣労働に関する規制や労働基本法上の制限が緩和された場合、A市の住民が規制の対象となるのか、それともA市で働く労働者が対象となるのかがまず問題となる。これは、特区の目的が人口の集積なのかそれとも産業の集積なのかによると思われるが、それによって制度設計も異なることになる。最大の問題は、次のようなケースである。A市で働く労働者が規制対象となる場合に、A市に工場を有する会社が他のB市やC市にも工場を持っているとする。この場合、同じ会社の労働者であるにもかかわらず、A市の工場で働く場合の労働条件と他の場合の労働条件が異なることになる。同じ会社の労働者間でこうした際が生じる問題をどう考えるべきか?

文責 : 嶋田暁文