地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』2023年3月コラム

揺れて、戻って、また揺れて
法定自治体事務における「適切な」政府間関係

1947年に日本国憲法が施行されてから、75年が経過した。これまでこの国は、そこで保障された内容の実現を目指して、様々な取組みをしてきた。「完成した」「もう十分だ」というものは、おそらくないだろう。国家が存続するかぎり、より佳き実現を求めての永久作業が継続するはずである。

分権改革に寄せて、その「進み方」を少し考えてみたい。機関委任事務制度の全廃による「国と自治体の対等化」を実現したとされるこの改革の実施法の施行から、早いものですでに23年である。この改革は、世紀転換期において憲法92条を具体化したものと受け止められているのであるが、その内容は、まだまだ未確定であり、法理論的にも十分な整理はされていない。

たとえて言うならば、2000年に、高炉から銑鉄が生み出された。現在は、それを打ち叩いて強靭なものにしている時代のなかにあるのではないか。

分権改革は、この国にとっての「第三の改革」であるとしよう。先の2つの改革は、それなりに長い期間を経て、その意義を社会に定着させていった。揺戻しのような事象も多くある。三歩前進・二歩後退のような経験を多く重ね、まさに銑鉄を鍛えていったのである。こうした鳥瞰的認識を持つことは、分権改革への接近にとって重要な気がする。いささか性急であったこれまでの自らの認識を反省している。

自治体の事務だから、すべてを自治体に決めさせるのが自治である。そもそも地域の行政に対して、国は関与すべきではない。時代の勢いに押されて、極言すれば、このような認識があったようにも思う。

しかし、重要なのは、国家のなかにおいて、ひとつの中央政府と多様性に富んだ地方政府の関係が適切に構築されることである。中央政府が何の関与もしないという制度設計もあるし、したうえで適切に役割分担をするという制度設計もある。

地方自治法2条11項および12項は、とりわけ法律に自治体事務を規定する場合を念頭に置いて、国と自治体の適切な役割分担の実現の重要性を明記した。国は「国が本来果たすべき役割」を担うべきであり、その例として、全国的に統一して定めることが望ましい国民の諸活動に関する事務があげられている。全国的な視点に立って行わなければならない施策も、そのかぎりにおいては、国の役割に属している。

いわばこれらは「国の専権」であり、その決定内容を自治体が修正できない。そのような対応は、「法律の範囲内」で条例制定を保障する憲法94条に反する。最近の最高裁判決には、条例との関係で法律規定について「強行規定」という表現をするものがあるが(最三小判令和4年7月19日、最一小判平成25年3月21日)、そうした趣旨なのであろう。

こうした判断枠組みそれ自体については、否定する余地はない。問題は、どこに境界線を引くかである。これは、法律により異なる。

分権改革以前に制定されている法律の多くは、この改革の制度趣旨を無視するがごとく漫然と放置されている。その後に制定された法律のなかには、機関委任事務時代を彷彿とさせるがごとき復古調のものもある。

それぞれの基本となる法制度設計思想は、国と自治体の適切な役割分担を検討する素材を提供している。効率的な行政の実現のためには、スケールメリットを生かした全国展開が必要になる場面もある。しかし、法定自治体事務を規定する法律である以上、重視されるべきは、現在および将来の「国民たる住民」の福祉増進である。それを中央政府のみが決定できるはずがない。かりにそう考えるのであれば、憲法のもとでは、国の直営的事務にすればよい。国は、改めて「身の程を知る」べきである。

中央政府も地方政府も、分権時代のそれぞれのあり方について、まだまだ経験不足である。ひとつひとつの整理を手探りで積み重ねるほかない。行き過ぎたり揺り戻したりする法現象は、これからも繰り返されるに違いない。こうした法現象の分析を通じて、「適切な」という三文字の意味を探究することが、地方自治研究の大きな課題である。

きたむら よしのぶ 地方自治総合研究所所長・上智大学教授