地方自治総合研究所

MENU
月刊『自治総研』2025年6月コラム

浪江虔 われら主権者住民として

菅原 敏夫

東京・町田市職の旧知の友人からつい先日一冊の本が送られてきた。

『われら主権者住民として~浪江虔自撰地方自治論集~』(「浪江虔自撰地方自治論集」刊行委員会編)

120ページちょっとの丁寧に作られた自費出版の本が同封されていた。

2020年の夏頃だろうか、その友人から、浪江さんが生前、自撰の地方自治に関する著書の抜粋、論文などをまとめた論文集を出版する準備をし、必要な部分のコピー、編集指示、若干の解題などの手書き原稿を用意しておられた、という話を聞いた。B4判75枚ほどのコピー、一本足打法で一字一字ワープロで打っているというのだ。出版の心当たりをそっと探してみたが、いい話があるはずはなかった。

浪江さんの論文集には前段がある。1996年10月、まちだ自治研究センターを編者とする『図書館そして民主主義 ― 浪江虔論文集』がドメス出版からかなり立派な装丁で刊行されている。しかしそれ以降はコピーの存在が忘れられていたし、出版の機会はやってこなかった。そしてコピーを再発見。時代が背後から抱きついてきたという感覚を持った。そして現実の方が成長する。2024年地方自治法の改正。上の自撰論文集が出来上がる機先を制して「指定地域共同活動団体」の法制化。これは浪江さんが天下の悪法と喝破した「市制・町村制」の1943年改正に符合する。しかしこのことはかつて本欄でも述べた。繰り返さない。

時代の羽交締めに気づかない私は、出版の役にも立たない自分を慰めたくて、町田市鶴川の空気を吸いたくなる。

浪江さんの実践が1939年9月鶴川村に開いた私立南多摩農村図書館に始まることは言うまでもないだろう。浪江さんの私立図書館活動は、1989年9月27日の閉館まで続く。1990年11月の町田市立中央図書館開館時に地域資料コーナーの一角に「私立鶴川図書館コーナー(浪江文庫)」を設置し、旧蔵書の中から約1,000冊登録し、閲覧・貸出サービスが行われてきた。2012年10月の鶴川駅前図書館開館に合わせ、「私立鶴川図書館コーナー」も鶴川駅前図書館に移管した。この浪江文庫は2面ほどの小ぢんまりとしたコーナー。しかし下段に近いところに空間を少し設け、そこに『浪江虔・八重子往復書簡』(2014年、ポット出版)が平らに置いてある。

もう一つ用事を作る。鶴川「駅前」図書館というのは確かに駅近、至便の場所にある。でもわざわざ施設名に入れるほどの重要情報ではない。鶴川「駅前」でない鶴川図書館があるからなのだ。図書館としてはそちらの方が全然先輩。鶴川図書館(団地内)。ところがそちらは不便。駅前からバスに乗って20分近くも揺られなければならない。蔵書数も少ない。しかしそこに行く。

まず、鶴川「駅前」図書館の運命の話である。

鶴川駅前図書館では、市内の公立図書館初となる民間指定管理者による運営が2022年4月1日から開始された。2021年に行われた市の公募、手を挙げたのは1945年創業の書店、株式会社久美堂(原町田/井之上健浩社長)で、他の2者を退け選定された。

今回、久美堂と共同で運営を行うのは東京都中野区に本社をおくダイレクトマーケティング事業・図書館関連事業を行う株式会社ヴィアックス。

鶴川駅前図書館は利便性の良い図書館、そして市内所在書店のフラグシップ的な久美堂の指定管理、図書館の入る建物は、和光大学ポプリホール鶴川という、ネーミングライツの複合施設。指定管理者、ネーミングライツと、21世紀的、どこまでも現代的だ。その中に浪江文庫が息づいている。

次に鶴川図書館(団地内)の運命。バスの停留所センター前下車、鶴川団地の広場に面した小規模の図書館。商店街の並び。すぐ近くに東京でも有名な個人商店の酒屋さん、そのまた近くに、焼き鳥を店頭で焼いている精肉店。私には理想の図書館立地と思われた。酒屋さんの方。ご夫婦と息子さんで切り盛りされている。仕入れの担当が決まっていて、店主・ご主人が日本酒、お連れ合いがワイン、息子さんが焼酎・スピリッツ。

この図書館は正面に児童書、学習の場も近くに備え、よく活用されているように思われた。小規模で効率が悪かったのだろう、市では廃止が検討されていた。先日見たら、「鶴川図書館は2025年5月から民設民営の図書コミュニティ施設に生まれ変わります。」最後の姿を目に焼き付けた。

浪江さんに導かれて、鶴川団地図書館の前の公園のベンチで、ワンカップの清酒をこっそり飲んでいる。

(すがわら としお 元地方自治総合研究所研究員)