地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』2025年7月コラム

原発再稼働を問う新潟県民投票条例案

東京電力柏崎刈羽原子力発電所の再稼働をめぐり、その是非を問う県民投票条例の制定を求める直接請求の署名収集が2024年10月から始まった。その後、法定の2ヶ月以内に有権者比のミニマム要件1/50の約4倍にあたる14万人あまりの有効署名を集め、2025年3月に署名簿と請求書面が花角英世・新潟県知事に提出された。同知事は二者択一で是非を問う方式に関する疑義など、提出された条例案に否定的な意見を添えて県議会に付議し、4月18日の臨時会本会議で採決した結果、36対16の反対多数で条例案は否決された。地元の新潟日報や全国紙地方版、東京新聞以外に新聞報道ではほとんど伝えられなかったが、新潟県では最近こういう見過ごせない出来事があった。

ごみ処理施設や原発、米軍基地は、立地地域の住民には歓迎されにくい NIMBY(Not In My Backyard)と呼ばれる施設の代表例である。その用地選定や建設・稼働にあたっては、施設が利益をもたらす受益圏と、苦痛をもたらす受苦圏を一致させるよう努めるのがあるべき進め方の基本である。ごみ処理施設でいうと、自治体の清掃工場はその自治体の区域内に設けるべしとして、それを「自区内処理の原則」と呼んできた。

ところが、原発は電力需要の大きい大都市圏ではなく、そこから遠く離れた沿岸部に集中立地され、受益圏と受苦圏が一致しない。そこで受益圏の受苦により受苦圏に受益を提供し、両圏域を事実上一致した状況に近づける方法が取られている。つまり電源三法により、受益圏の電力消費者の負担を元手に受苦圏の自治体に交付金を配分し、受苦圏の住民の苦痛を緩和する方法である。公共経済学の言葉を使えば、外部不経済の内部化である。

では、こうしたやり方で一件落着するかといえばそうはいえない。そもそも原発立地地域の自治体と住民が受苦圏に組み込まれることに合意しているかどうかがまず道理として問われるからである。つぎにより具体的に問われるのは、①用地選定等に際して地元合意の調達手続きが法制的に必要とされているか、言い換えると地元自治体と住民に事柄の決定権限があるかである。そしてそれがある場合は当然、②地元合意のありかをどうやって確かめ、表明するかである。

①に関して、国レベルの法制を観察すると、原子炉等規制法と原子力規制委員会設置法により、原発の原子炉設置・工事計画・再稼働等の許認可権は国の原子力規制委員会が専権的に握っている。つまり、地元に決定権限はない。

その一方、法制度の効果はそれがどのように運用されるかによって大きく左右される。そこでその点に関連して2025年2月18日閣議決定の「エネルギー基本計画」を見ると、「合意」といった言葉を慎重に避けているものの「原子力立地地域の関係者の理解と協力」「立地地域との丁寧な対話」「国と立地地域とのコミュニケーション」が必要であることが繰り返し語られ、また、既設炉の再稼働にあたって政府としては「立地自治体等関係者の理解と協力を得るよう、取り組む」ことを明言している(36~40頁)。

こうした運用方針に加え、さらに自治体レベルで地元自治体と電力事業者とが例外なく取り結んでいる原子力安全協定も考慮に入れるなら、実態としては地元にも決定権限があるといって差し支えない。だとすれば、あとは②の問題をどうするかである。

従来、②に関して、地元自治体の議会の議決や首長なかでも知事の意見表明がなされ、それが地元合意のありかを示すものと見なされてきた。この従来方式に対して今回新潟県で直接請求運動を進めた市民グループが提起したのは、原発再稼働という喫緊かつ単一の争点について、県民投票で地元住民の声を直接聞き、その結果を踏まえた決定をすべしとする合意調達の新たな方法論である。しかもそれは従来型方法論に対してアレかコレかでなく、アレもコレもで提起されている。条例案第1条、第18条が原発再稼働に関し、「知事は投票の結果を尊重」して判断し、県民意思を反映した職務執行に努めるべしとしているのがそれである。

しかし、新潟県議会で条例案は否決され、署名収集に携わった少なくない新潟県民にとって、その意思が反故にされる残念な結果に終わった。その一方で、県議会や知事がこれで県民投票の拘束を免れ、その分、フリーハンドを得たと安堵するとしたら浅慮に過ぎる。今後、従来型方法論に本卦還りし、とりわけ知事がその責任で決定を下す荷の重い仕事が待ち受けているからである。それがより賢明なやり方であったといえるかどうかはこれから検証される。

こはら たかはる 地方自治総合研究所研究理事・早稲田大学政治経済学術院教授)