減らすべき仕事が減らない
人口減少・少子高齢化と経済停滞の縮減社会、および、人口再生産のできないブラックホール(吸い寄せたあげくに蒸発する)的な東京への一極集中社会において、様々な分野・地域で人手不足が起きている。
しかも、移入民(immigrant)を正面から受け入れることもできないし、また、横口(sidedoor)からの移入労働力としての各種在留資格についても、排外的な様々な反発が生じており、大きくは期待できない。そもそも、地域社会や自治体にとっては、こうした移入民は、中期的には地域サービスの複雑な行政需要を生み出す現象を起こしている。そして、円安と経済停滞によって、そもそも、外国人労働者にとって日本経済は、もはや魅力的ではないから、大量の外国人労働力も期待できない。
加えて、低賃金・長時間の非正規雇用や、パワハラなどの劣悪な労働環境のもとでは、日本人は労働すること自体に魅力を感じない。賃労働による所得獲得よりも、投資による不労所得や不労資産が、国の政策でも推奨されている。人々もFIRE(財政自立早期引退)を目指しているから、働く気はない。あるいは、ユーチューバーや美容整形医など、必ずしも不可欠業務ではない仕事の方が、仕事(?)としても魅力的に見える。
こうしてみると、人手不足は21世紀第2四半期日本の、社会経済文化的な構造によって不可避的に生み出されるものであり、自治体現場ではどうしようもない与件問題であろう。それゆえ、与件に手を付けず、自治体のみで人手不足対策をどうするかを、国が考えても仕方がない。
建前としては、国が人手不足社会に対する処方箋を政策的に打ち出し、構造的な与件問題を解消することが期待される。なお、国が補完性を発揮し、自治体の代わりに仕事することも簡単ではない。国も自治体も、日本の社会経済のなかに存在しており、人手不足の状況は同じだからである。
一般に、国は制度や政策を考える役割がある。しかし、善意からかもしれないが、人手不足対策に、国が余計な「新しい考え方」(第34次地制調第1回専門小委員会資料1、3頁)を会議室で思い付き、さらに、自治体に余計な仕事を押し付け、益々自治体現場での人手不足を悪化させることが目に見えている。例えば、DXを進めて、益々DX人材不足が激化する。
このようななかで、総務省は2025年6月に「持続可能な地方行財政の在り方に関する研究会」報告をまとめた。そして、2026年1月には、第34次地方制度調査会に対して、「将来にわたり、地域の特性に応じて、持続可能かつ最適な形で行政サービスを提供していくため、国・都道府県・市町村間の役割分担、大都市地域における行政体制その他の必要な地方制度の在り方」の調査を求める諮問を行っている。
国の為政者の善意による調査かもしれないが、自治体にとっては、ありがた迷惑なことになろう。ただでさえ不足する人手が、国が新規提唱する様々な追加的な制度・政策への対応に吸収され、涸渇していくからである。
上記報告によれば、事務処理の課題への対応は、減らす、(水平・垂直に)まとめる、(担い手を)拡げる、(生産性を)高める、というHMHTである。誠にもっともなのだが、簡単ではない。拡げると言っても、民間も住民も担い手不足である。高めると言っても、ブラック労働化でしかない。DXは一部の仕事を効率化するが、別の仕事を生み出してしまう。減らすどころか国は新たな政策・制度を生み出す一方である。
まとめることで、規模の経済が働くことは期待できる。しかし、実際には、まとめれば、ある自治体の手から離れ、もともとの自治体の知らないうちに、あるいは、意見表明や合意形成のないままに、減らすことが是非もなく進む。自分で減らすよりは、他者にまとめて、まとめたふりをして、他者に減らしてもらうのが最もあり得る(「迂回で減らすUHシナリオ」)。責任転嫁と非難回避に好都合だからである。
もちろん、自治の原則論では、自治体が、減らす内容を自ら決定するべきではある(「正面から減らすSHシナリオ」)。それは必ずしも容易ではない。しかし、せめて、そうした自治体の自律的な決定を、国が阻害しないことである。まず、国は余計な仕事を作らないことである。そして、自治体が減らしたいと決めたもので、国がなおも行うべきと考える事務は、国が自ら代行補完するのが筋である。とはいえ、国にも担い手は充分にはない。国にできるのは、自治体の縮減への自己決定を尊重することだけであろう。