2026年8月 気になる地方自治トピックス
「国保逃れ」と厚生年金法上の法人の代表者又は業務執行者
1. 国保逃れとは
2025年末から2026年5月にかけて、地方議会議員や個人事業主の「国保逃れ」と題するマスコミ報道が登場した(1)。本来、地方議会議員や個人事業主については、国民年金・国民健康保険に加入することとなっているが、今回の件は、一般社団法人の理事に就任した上で、その法人に会費を払い、低い標準報酬額を申請して厚生年金・健康保険の被保険者となり、配偶者・家族も被扶養者としていた事態である。また、報道では、理事としての業務は、金融・会計などに関するアンケートに月2回回答したり、制度に関する知識の研鑽をするという程度のもので、業務実態が不明瞭であったとされる。例えば、類似の団体のホームページ(全国フリーランス協会)をみると、「毎月、理事として会費支払いと役務提供をしていただきます。毎月の理事報酬約50,000円は給与所得となります(確定申告時に源泉徴収票をお渡しします)。給与所得者として、所定の給与所得控除を受けられます。会費88,000円は事業所得から経費(諸会費)として費用計上できます」(2)との紹介がある。
これらの「国保逃れ」は、社会保険制度の「社会全体で支えあう制度の理念をないがしろにするもの」(3)として厳しい批判がある。
2. 厚生年金法の労働者と被保険者
そこで、厚生年金法における被保険者の定義をみてみよう。まずは、法の目的であるが、「労働者の老齢、障害又は死亡について保険給付を行い、労働者及びその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与すること」(厚生年金法第1条)としている。このように法の目的は労働者の福祉の向上にあるが、その「労働者」と「被保険者」が同義であるという記述は見当たらない。厚生年金法上は、被保険者とは、適用される事業所を定め、その事業所に「使用される」(4)70歳未満の者と定義している(法第9条)。
ただし、「労働者」という単語が使われているのは、標準報酬額の算定に関する事項(法第3条三及び四)、また、厚生年金の被保険者の適用除外(法第12条)のうち、被保険者の適用除外条項、「一週間の所定労働時間の四分の三未満である短時間労働者」などである(5)。このように、厚生年金法においては、「労働者」と「被保険者」の概念が必ずしも一致していないことが、本件の問題を理解する上で重要な論点の一つとなっていると考えられる。
※ なお、本稿では、「使用される者」の定義については、年齢などの要件は別にして、健康保険法と厚生年金法は基本的に同義であるとして執筆している。
3. 厚生年金法の意義の変遷
厚生年金制度の原型は、1875年から始まる恩給制度は別にして、1905年に官営八幡製鉄所でつくられた共済組合である。その後、鉄道庁など官庁で設立が相次いだ。民間でも同時期に鐘紡にも共済組合が創設される。また、1941年にはより幅広い労働者を対象に、「労働者年金保険法」(1944年に「厚生年金法」に名称変更)が成立する。その目的は、「労働者の老後及び不慮の災害による廃疾の場合の不安を一掃し、後顧の憂いなく専心職務に精励させて、労働力の保全強化と労働能率の増進を図る」ことに加え「戦力の増強」が大きな目的の一つであったとされる(6)(7)。まさに、国力の増強のため、安定した労働力確保が必要とされたためである(8)。ただし、被保険者は、「常時10人以上の従業員を使用する工業、鉱業等の事業所に使用される男子労働者」(9)に限られていた(1944年改正で職員及び女子にも対象拡大)。戦前は現在と違い、第一次産業従事者が多く、1940年の国勢調査によると3,350万人の有業者のうち、農林水産業が1,400万人を占めていた。2020年の国勢調査では、5,760万人の就業者のうち、農林水産業は196万人となっており、就業構造が大きく違っている。その結果、当時の厚生年金と現在の厚生年金の位置づけ、社会的影響力も大きく変化していることにも留意する必要がある。
そして戦後は、社会保障制度審議会勧告(10)(1950)において、「憲法の理念と、この社会的事実の要請に答えるためには、1日も早く統一ある社会保障制度を確立しなくてはならぬと考える。いわゆる社会保障制度とは、疾病、負傷、分娩、廃疾、死亡、老齢、失業、多子その他困窮の原因に対し、保険的方法又は直接公の負担において経済保障の途を講じ、(中略)公衆衛生及び社会福祉の向上を図り、もってすべての国民が文化的社会の成員たるに値する生活を営むことができるようにすることをいう」ということが明確にされた。つまり、労働力確保という視点とともに、社会保障に「国民の生活」という視点が強調された。この視点は、後述する裁判の判断にも影響を与えている可能性がある。
4. 法人の代表者又は業務執行者の被保険者資格
こうした戦前に作られた厚生年金は、戦後の混乱期の中で崩壊の危機(11)にあったが、本稿の中心課題である、法人の代表者又は業務執行者に関しての厚生省通知が1949年に発出されている。
○ 法人の代表者又は業務執行者の被保険者資格について
法人の理事、監事、取締役、代表社員及び無限責任社員等法人の代表者又は業務執行者であって、他面その法人の業務の一部を担任している者は、その限度において使用関係にある者として、健康保険及び厚生年金保険の被保険者として取扱って来たのであるが、今後これら法人の代表者又は業務執行者であっても、法人から、労務の対償として報酬を受けている者は、法人に使用される者として被保険者の資格を取得させるよう致されたい。
厚生省保険局長通知(昭和24年7月28日 厚生省保発第七四号)
この通知は、法人の代表者又は業務執行者については、「法人の業務の一部を担任している者」は、被保険者としてきたが、今後は、「労務の対償として報酬を受けてい」れば、厚生年金の被保険者資格を得られることとなった。つまり、通知によって事実上の適用拡大が行われたと言える。
この通知に関連する裁判例として「岡山製パン事件」(第一審:岡山県知事事件 岡山地判昭和37年5月23日高等裁判所民事判例集16巻7号520頁〔D1-Law:27410764〕、第二審:岡山県知事事件 広島高岡山支判昭和38年9月23日高等裁判所民事判例集16巻7号514頁〔D1-Law:27602727〕)が有名である。この裁判は、株式会社の代表取締役が厚生年金・健康保険法上、事業所の「使用される者」に当たるかどうかが争われたものである。
この第二審では、以下の判決理由が述べられている。「厚生年金保険法は業務上業務外の区別なくひろく被保険者の老令、廃疾、死亡、または脱退の場合に、(中略)保険給付を行うものである。(中略)労基法、労災保険法に定める災害補償とその対象を異にし、専ら労働者及びその被扶養者または遺族の生活の安定を図り、福祉の向上に寄与することを目的としているのであって、憲法第二五条の(中略)規定に基づき制定されたものと解すべく、健康保険法、厚生年金保険法のもとにおいては労使間の実勢上の差異を考慮すべき必要がなく、右各法が定める『事業所に使用せられる者』のなかに法人の代表者をも含め、右代表者をして労基法及び労災保険法上の『労働者』と区別することなく、ともに右各法所定の保険制度を利用させることこそ、前記憲法の条項の趣旨にかなう所以である」とし、法人の代表者は、労働基準法、労災保険法上の「労働者」の概念と同一視することはできないとしている。つまり、厚生年金法は、労使間の実勢上の差異を考慮すべきではなく、法人の代表者についても、厚生年金法を適用することが、日本国憲法の理念に適うことを述べている。この裁判例は、厚生省保険局長通知(昭和24年7月28日 厚生省保発第七四号)の趣旨を理解する上で重要な意義を有すると考えられる。
これを踏まえ、日本年金機構は、年金事務所からの疑義照会回答において、法人の代表者の被保険者資格について、「事業所に定期的に出勤している場合は、『法人の経営に対する参画を内容とする経常的な労務の提供であり、かつ、その報酬が当該業務の対価として当該法人より経常的に支払いを受けるものである』との判断の要素」になると実務上明記されている。更には、労働時間に関して、「定期的な出勤がないことだけをもって被保険者資格がないという判断にはならない」(12)と回答している。つまり、経常的な労務の提供とその報酬が当該業務の対価として経常的に支払いを受けるとされれば、定期的な出勤がなくとも被保険者資格があるとしているのである。
5. 労働者の被保険者資格
一方、法人の代表者又は業務執行者ではない、労働者の場合はどうだろう。社会保険審査会(2003年(平成15年)6月30日)では、次の裁決例がある。
個人事業主を主たる顧客として給与計算や帳簿類の記帳代行の業務を請け負う事業を展開していた企業が、個人事業主とその配偶者を在宅勤務社員として、厚生年金・健康保険の被保険者資格取得を届け出ていたことに対し、当時の社会保険事務所は「使用される者」と認定できないとした処分は適法かつ妥当とした判例である。その理由は、本業の勤務の実態がないこと、労務管理(労働時間管理)の実態がないことなどが理由として挙げられている。
社会保険審査会では、厚生年金法上の「使用される者」の判断については、「労務の提供の有無、その対象としての報酬の支払いの有無、人事労務管理の有無等の実態に照らして、個別具体的に判断」(13)するとしている。また、先述の2003年の社会保険審査会裁決例では、労働時間の実態について詳細に調査をしている。
このように、労働時間管理は、短時間労働者の被保険者資格の重要な判断要素にもなる。厚生年金法(第12条5)では、「事業所に使用される者であって、その一週間の所定労働時間が同一の事業所に使用される通常の労働者(中略)の一週間の所定労働時間の四分の三未満である短時間労働者(中略)又はその一月間の所定労働日数が同一の事業所に使用される通常の労働者の一月間の所定労働日数の四分の三未満である短時間労働者に該当し、かつ、イからハ(14)までのいずれかの要件に該当するもの」とし、「イ 一週間の所定労働時間が二十時間未満であること」が明記されている。
このようなことから、労働者については、労務管理・労働時間管理の存在と週20時間以上の労働時間がなければ被保険者資格が認められない一方、「法人の代表者又は業務執行者」については、労働時間要件(15)が直接適用されるものではなく、具体的な労働時間の認定が十分になされない場合であっても、厚生年金の被保険者資格が認められる余地があると解釈できる。
6. 厚生労働省通知(16)の限界
こうした中、厚生労働省は、「国保逃れ」への対応として、2026年3月18日に被保険者資格の取り扱いについて明確化する通達を発出した。
その内容は、「これまで、①その業務が実態において法人の経営に対する参画を内容とする経常的な労務の提供であるか、②その報酬が当該業務の対価として当該法人より経常的に支払いを受けるものであるか を基準として実態を踏まえ総合的に判断することとしているところである」とし、これに加えて、次のいずれかに該当する場合は、適用しないとしている。
その上で、具体的な事例として、報酬を上回る額の会費等を支払っている場合などは、経常的な支払いと認められないこと。更には、役員としての業務であるかの判断要素も記載されている。
以上のように、「国保逃れ」の防止策とともに、役員としての業務について、判断基準が示されており、先述した、全国フリーランス協会などの手法を一定程度封じることができる可能性がある。ただし、この通知は定性的な判断基準が多く問題がある。例えば、経常的な労務の提供の判断要素にしても、「定期的な会議への出席頻度」「それ以外の業務の有無と出勤頻度」を総合的に判断することとなるが、日本年金機構がこれらを判断する要素としては、曖昧すぎる可能性がある。そして、先述した通り、厚生年金・健康保険の被保険者資格の判断基準が、「法人の代表者又は業務執行者」と労働者の間で違うことには変わりはない。例えば、法人の代表者又は業務執行者であれば、労働時間が週20時間未満であったり、月数回の出勤であっても、「総合的に判断」して被保険者資格があると言える可能性がある。
これは、法律の適用が平等に取り扱われているのかという課題とともに、連帯の仕組みとしての社会保険の性格からすると問題があるのではないか。厚生年金・健康保険は、働く者が、お互いに、疾病や高齢というリスクに対応する連帯のシステムであり、そこに実際に労働しているかどうか不明な者が組み込まれることが、正当化できるのか、ということである(17)。こうしたことから、厚生年金や健康保険については、働く者を幅広く包摂していくという意義があるものの、労働時間を把握できないことをもって要件を緩めてよいか疑問が残るところである。
少なくとも、法人の代表者又は業務執行者であっても、「労務の提供」と「その対象としての報酬の支払い」があり、かつ週20時間以上働いている(在宅勤務であっても)ことが推定できることを要件として明確にすることが、働く者の連帯の仕組みを安定化することにつながるのではないか。
ただし問題は残されている。日本年金機構が、「使用される者」の判断であったり、労務管理の実態や労働時間を把握できる体制をどう作っていくか、という点である。実務的には、こうした課題があることに留意する必要がある(18)。