地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』

2022年7月コラム

武蔵野市住民投票条例案

 2021年11月19日、武蔵野市議会に住民投票条例案が提出された。12月13日の総務委員会では採決の結果、可否同数となり、委員長裁決で可決したものの、12月21日の本会議では賛成11票、反対14票により否決され、条例案は廃案となった。
 最大の争点は、条例案第5条が住民投票を請求し、投票する権利を有する者(以下、投票資格者)の資格要件を、①日本国籍を有する者または定住外国人で、②年齢満18歳以上に達し、③武蔵野市に住み、住民基本台帳に3ヶ月以上記録されている者とし、投票資格者に広く外国籍市民を含めたことにあった。定住外国人というのは、出入国管理及び難民認定法等が定める在留資格でいうと、一般永住者を含む中長期在留者と、特別永住者のことを指す。2021年末現在で、日本にいる定住外国人(政府の呼び方にならえば在留外国人)の総数は約276万人に上り、在留資格別の内訳は構成比の大きいものから順に一般永住者30.1%、特別永住者10.7%、技能実習10.0%などとなっている。
 条例案は今回唐突に提起されたものではない。武蔵野市は2020年4月1日から自治基本条例を施行している。その条例中、第19条第1項で廃置分合や境界変更について住民投票の実施を義務づけたうえで、第2項以下でその他市政に関する重要事項について「武蔵野市に住所を有する18歳以上の者のうち、別に条例で定めるものの一定数以上から請求があったときは、住民投票を実施しなければならない」などと定め、住民投票条例の制定を今後の積み残し課題としていたからである。
 武蔵野市調べにもとづき各紙が報じたところによると、常設型住民投票条例を定めている自治体は全国で78、そのうち外国籍市民にも投票資格を認めているのは43、さらにそのうち居住期間要件に関して日本国籍を有する者と差を設けず、3ヶ月以上としているのは逗子市と豊中市の2つだけである。そこで勢い、この3ヶ月以上という要件が適切かどうかに関心が集まり、市議会内外で争点中の争点になった。
 条例案の市議会提出があきらかになった11月半ば近くから、もともと自治基本条例を敵視し、外国籍市民の政治参加にも強く反対する日本会議系その他の右翼団体が武蔵野市に押しかけ、条例制定を阻むためヘイトスピーチを含む宣伝活動を繰り広げた。その一方、条例制定に賛成する市民グループも記者会見を開いて緊急声明を公表し、駅頭での宣伝活動を重ねて対抗した。主要紙では読売新聞が12月2日付、朝日新聞が12月18日付の社説で、条例案に対してはっきりと前者が懐疑的、後者が好意的な意見を表明している。
 条例案をどう見るかについて2点だけ述べる。まず1つに、制度というのは入口の一部だけでなく、出口までの全体をよく見て性格や適否を判断すべきである。確かに入口のところで永住権のない定住外国人まで含め、居住期間要件を3ヶ月以上でよしとしているのは随分気前がいいように見える。だが、条例案第5条が住民投票で問える案件から市の権限に属さない事項や、市の組織・人事・財務に関する事項ほかを除外するなど、出口のところに位置する住民投票の効力はかなり限定的である。この条例案は確かに外国籍市民の政治参加に道を開く性格を持つが、それと並んであるいはそれ以上に、武蔵野市政が外国籍市民と共にあることを示すメッセージ性の強い条例であるように思える。
 もう1つは、3ヶ月という数字である。自治体参政権の居住期間要件は戦前長らく市制・町村制のもとで2年間とされていた。それが戦後1946年の第1次地方制度改革で6ヶ月、1950年の公職選挙法制定で3ヶ月と足速に短縮され(1952年の地方自治法改正で同法でも規定)、今日にいたっている。戦後制度改革の一番根本にあったのは参政権の拡張という政治理念である。
 武蔵野市が外国籍市民と共にある市政という政治理念から、日本国籍を有する者と定住外国人の居住期間要件に差を設けず、2009年の出入国管理及び難民認定法・外国人登録法・住民基本台帳法同時改正以来、両者が分け隔てなく載る住民基本台帳を制度基盤として住民投票のしくみを設けることに無理があるとは思えない。それは武蔵野市の立派な自治の営みであり、条例制定が実現すれば、武蔵野市がつくった全国3例目の法規範、新たな武蔵野スタンダードになると考えていい。

 

こはら たかはる 早稲田大学政治経済学術院教授)