地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』

2020年9月のコラム

行政のデジタル化 ― 免許証のICチップ


武藤 博己

 行政のデジタル化は久しく指摘される“喫緊の課題”である。「e-Japan戦略」は2000年に森喜郎首相(当時)が宣言した。もう20年も前のことである。にもかかわらず、現実はきわめてお粗末である。たとえば、周知のように「マイナンバーカードを使った申請でトラブルが相次ぎ、雇用調整助成金を巡ってはオンライン申請で個人情報が漏洩しシステムが停止した」(日経新聞、2020/6/18)と指摘された。今回は、行政のデジタル化の目的、お粗末さの事例と原因、目指すべき方向性について考えてみたい。
 まず、行政のデジタル化の目的であるが、「デジタル手続法」(正式名称は、「情報通信技術を活用した行政の推進等に関する法律」)の第1条には、「国、地方公共団体、民間事業者、国民その他の者が……情報通信技術の便益を享受できる社会が実現されるよう、……手続等に係る関係者の利便性の向上、行政運営の簡素化……を図り、もって国民生活の向上及び国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。」と述べられている。ここでは、「行政運営の簡素化及び効率化」という手段により、「国民生活の向上」という目的が達成されると読める。
 また、32次地制調答申では、「第2 地方行政のデジタル化」のなかで、「(2) 地方公共団体の情報システムの標準化」の項目で、「地方公共団体の枠を越えて活動する住民や企業の利便性の観点からは、団体ごとに規格等が異なると利便性を妨げる。……こうしたことから、標準化等の必要性は高く、早急な取組が求められる。」と述べた後、「基幹系システムについては、……地方公共団体は原則としてこれらの標準準拠システムのいずれかを利用することとすべきである。」として、具体的に4点を指摘し、その4つ目の点として、「標準を設定する主たる目的が、住民等の利便性向上や地方公共団体の負担軽減であること」とされている。ここでは基幹系システムの標準化についてであるが、「住民等の利便性向上」と「地方公共団体の負担軽減」が目的として示されている。
 これらの点を踏まえれば、①国民の利便性の向上、②行政運営の効率化、と言ってよいだろう。①が目的、②は手段である。ところが②が目的化され、その反射的利益として①がおかれているように思われる。
 今回はお粗末さの事例として、免許証のICチップを取り上げたい。運転免許証のICカード化は、当初は2004年からの全国一律導入の予定だったそうだが、2007年に東京都など5都県から始まり、最後は2010年の京都府など5府県で、すべての都道府県に導入された。導入の理由は、「偽変造防止」と「警察業務の合理化と国民の利便性向上[運転免許の更新等の時間短縮]」とされている(『警察白書』H16、警察庁HP)。
 利便性は向上したのであろうか。ICチップが搭載されて変わったことは、免許証から本籍欄がなくなったことである。本籍は国籍を示すこと以外に意味はない。日本国内ならばどこでもよい本籍は、ほとんど意味がなく、本籍が記載されている他の書類と違いがないという証明にしかならない。2つの暗証番号を求められるが、筆者は使ったことはなく、したがって免許証のICカード化の利便性はどこにもない。更新時の時間短縮もない。筆者の経験ではICチップ代として500円を徴収されたと記憶している。わずか500円でも免許証保有者8200万人強の人数から考えると膨大な金額となる。
 理由のもう一つに、変偽造対策があげられている。ICチップの搭載によって偽造が少し難しくなったとしても、クレジット・カードもIC化されているが、偽造・悪用が減ったという事実は確認できない。得をしたのは、ICチップ関連会社で、そこに警察関係者が天下りしていなければよいが、不明である。税金の無駄遣いの典型だ。他にもお粗末な事例は山ほどあるが、今回はこれだけにしておこう。
 なぜこうしたお粗末な行政が生まれるのか。デジタル化することが目的化され、国民の利便性をどのように向上させるのかを考えていないからである。まさしく本末転倒である。
 では、どのようにすべきであろうか。いうまでもなく、国民の利便性向上という目的を優先することである。そうすれば、どの部分をデジタル化すべきか、自ずと見えてくるだろう。また、デジタル化以外にも過剰な書類や押印、二重の身分確認などの無駄をはぶくことができよう。

 

(むとう ひろみ 公益財団法人地方自治総合研究所所長)