地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』

2019年8月のコラム

投票権を守る市町村の試み


辻山 幸宣

 「○月○日に衆議院議員選挙が行われたが、投票率は53.7%(小選挙区)であり、戦後2番目に低い水準となった。低投票率となった理由として、選挙の争点があいまいであったこと、また与野党の対立構造が不明確となったことなども指摘できるが、超大型の台風21号が接近し、投開票日が悪天候となった影響も見逃すことはできない」(木暮建太郎:杏林社会科学研究第34巻3号)。
 7月21日に投開票された第25回参議院議員総選挙を彷彿とさせる文章である。実はこれ冒頭に「2017年10月22日」と記されており、2年前の衆議院議員総選挙のことであった。今回、投票率は更に下がり48.80%で、前回参議院選挙より5.90pt減で前回を抜いて「戦後2番目に低い水準」となった。しかも全国全ての都道府県でマイナスとなり、台風による投票率低下が心配された九州地方の影響を超えるものとなった(もっとも九州の4県ではマイナス10pt超えであった)。
 投票率の低下は投票以前から話題にはなっていた。それは投票所数の減少である。2001年の5万3,439か所をピークに減少の一途をたどり、今回は前回16年比858か所減の4万7,044か所となった。その背景には市町村合併で市町村の職員数が減ったこと、高齢化で投票立会人の確保が難しい地域があることなどが挙げられている。だが、投票所数の減少が投票率にどのように影響するかはこれまで研究が進んでいない。堀内匠「長野県内市町村における投票所の統廃合と投票率」(信州自治研、2011.3)では合併自治体・非合併自治体ごとに投票所の統廃合と投票率の関係をしらべ、合併町村の投票所統廃合と投票率変化には「弱い相関がみられた」としている。
 投票所の設置は市町村の事務である。自治省(当時)が1969年に示した設置基準によると、(1)投票所まで3キロ以上ある地区は解消に努める、(2)1投票所当たりの有権者数はおおむね3千人までとされているだけで、設置の仕方は市町村に委ねられている。
 こんにち、人口減少と高齢化が深刻さを増している地域では、人々の移動手段にも大きな変化が生じている。それが投票所への距離感を大きくしていることもあり得よう。たとえば、地域の人々の足として親しまれてきた路線バスの廃止はこの10年間で1万3,249キロにのぼるという(産経2019.6.10)。また、この10年間の自動車免許証自主返納数は200万件を超えている(警察庁調べ)。つまり自家用車の使用もなく、路線バスも近くを走っていない、しかも投票所が遠くなったという地域が発生していると考えることができるのである。
 これに対して、期日前投票所の設置や、決められた投票所以外でも投票可能な「共通投票所」が制度化されたが、「共通投票所」の設置は全国で45か所にとどまっており、普及が進んでいない。
 もちろん、こうした事態に手を打つ自治体も出てきている。たとえば、移動式期日前投票所を運営(浜田市・柏崎市・豊田市・平川市・山口市・萩市・熱海市・佐賀市・一関市・大阪府千早赤阪村ほか)、民間業者に委託又は市町村営の路線バスを無料で臨時運行(下呂市・宮古市・下野市・香川県綾川町・沖縄県久米島町など)、自治体の公用車で職員が投票所へ送迎(中野市・三重県紀北町・兵庫県神河町など)、要望のあった選挙人を自宅からタクシーで送迎(東近江市・美濃加茂市・三好市・青森県田子町・神奈川県二宮町ほか)、投票所入場券にタクシー利用券を添付(群馬県大泉町)など多彩に試みられている。総務省は2016年の参議院選挙からバスなどを導入した場合に経費を支援する制度を設けているが、前回参議院選挙でこのような移動支援・移動投票所を実施したのは215団体であり、利用者数は4,182名にとどまっている(総務省調べ)。
 そこで提案がある。武蔵野市は1973年から「市民生活環境指標」を作成しており、あらゆる公共施設・環境指標などをコミュニティで区切られた地図に落としている。そのなかに投票区・投票所も含まれており一覧できる。これにかつて指標であった、郵便ポストまでの距離を円で捉えた手法を取り入れて、投票所からどれくらいの距離に何人いるかを「見える化」してみたい。これをもとに、「投票時要支援者リスト」を作成して投票に尻込みしている人の投票権を守りたいものだ。

 

(つじやま たかのぶ 公益財団法人地方自治総合研究所所長)