地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』

2018年8月のコラム

自治体観を問う


辻山 幸宣

 7月5日、第32次地方制度調査会の第1回総会が開催された。会長に住友林業社長の吉川晃氏、副会長に駒澤大学教授の大山礼子氏を選出したあと、内閣総理大臣の諮問書が手渡された。「人口減少が深刻化し高齢者人口がピークを迎える2040年頃から逆算し顕在化する諸課題に対応する観点から、圏域における地方公共団体の協力関係、公・共・私のベストミックスその他の必要な地方行政体制のあり方について、調査審議を求める」という異例に具体的・詳細な諮問であった。調査会としては、総務省の「自治体戦略2040構想研究会」(以下「2040構想研究会」)が7月に公表した報告書において示された「新たな自治体行政の基本的考え方」(①スマート自治体への転換、②公共私による暮らしの維持、③圏域マネジメントと二層制の柔軟化、④東京圏のプラットフォーム)を参考にしつつ、2年以内に答申をまとめることとした。
 2040構想研究会報告書は、「AI・ロボティクスによって処理することができる事務作業は全てAI・ロボティクスに任せ(中略)従来の半分の職員で」、「標準化された共通基盤を用いて、効率的にサービスを提供」、「新しい公共私の協力関係を構築」、「圏域マネジメントの仕組み」など自治体のありようについて多くの言及をしている。
 確かに、この国の今後の推移は、報告書が言うように「迫り来る我が国の内政上の危機」と言うことができるであろう。だが、この危機を乗り越えるために「自治体行政(OS)の書き換えを構想する」ことが最優先されるべきと言いきってよいか。「2040構想研究会」の第1回研究会で配布された「ディスカッション・フォーラム」に関する資料には、総務省のほか主要省庁の名が掲げられている。だが、「迫り来る我が国の内政上の危機」に、各省庁職員がどのように取り組もうとしているかを知るすべはいまのところない。「国の動きに気を取られすぎ」との分権型のおしかりを受けるかもしれないが、「迫り来る危機」への対応をすべて自治体に押しつけ、それを機に自治体像をめぐる年来のテーマに決着をつけようとしている様に思えてならないからだ。
 こう考えると、この2040年問題の牽引者であり仕掛け人であったのは、8月1日から皇位継承式典事務局長に転ずる、総務省自治行政局長山崎重孝氏であることに確信がもてる。山崎氏は「新しい『基礎自治体』像について(上)(下)」という論文(自治研究第80巻12号、第81巻1号:2004・2005年)の中で、基礎自治体の規模について検討している。「総合的な行政主体としての体制面から見る限り、3万人程度の人口は確保することが望ましい」、あるいは「歳入面で、一般財源を地方税主体として運営できるのは、人口3万人以上」、そして結論的に次のように述べる。「人口1万人前後の団体は、これからの人口の推移、年齢構成の変化、経営資源の状況を見極めた上で、単独の基礎自治体として継続できるかどうか、また継続すべきかどうかを客観的に検討する必要があるのではないか」。そのような団体は「今後の我が国の人口減少、少子高齢化の進展によっては、(中略)総合的行政主体の役割から解放」することも考えられるとしている。そして、「2040構想研究会」の第1回研究会に配布された事務局提出資料には、全ての市町村の人口段階と増減(2015→2040)の一覧表が掲載された。山崎氏の念願は「新しい基礎自治体は、これまでの市町村と異なる性格を獲得する」こと。まさに、これまでの、「住民が経済的文化的に密接な共同生活を営み、共同体意識をもっているという社会的基盤が存在」(1963年最高裁)するという自治体観とは異なる市町村像を描いているようだ。
 古い友人でもある東京大学の金井利之さんが、最近「自治体という存在 ― 群民的自治体観と機構的自治体観」(幸田雅治編『地方自治』2018年法律文化社)という論文を書いた。「住民集団の側面を重視する群民的自治体観」と「管轄区域での行政サービス提供機構の側面を重視する機構的自治体観」とを比較考量し、彼は日本の「苦境を脱するには現在では機構的自治体観こそが求められる」としている。山崎氏の自治体観との異同について一度お話を伺いたいと思っているが、いかがであろうか。

 

(つじやま たかのぶ 公益財団法人地方自治総合研究所所長)