アメリカ合衆国の次期大統領にドナルド・トランプが選出された。トランプの選挙期間中における演説やツイッターの書き込みが大きな話題となり、「トランプ現象」と言われるほどの言辞の応酬が行われた。「移民反対。メキシコとの国境に“万里の長城”を建設し、メキシコにその費用を払わせる」(インタビューに答えて)。「テロに屈したあらゆる国からの移民受け入れを即刻、一時停止しなくてはなりません。私たちは彼らを国に入れたくないのです。私は、アメリカの価値観を支持し、アメリカ国民を愛する人にしかこの国に入ってほしくありません」(大統領候補受諾演説)など、排外主義的な言葉や、「私は、全てのアメリカ人の大統領になります」、「国の成長を倍増させます。世界で最も強い経済を作り出していきます」(勝利宣言)など、「アメリカを豊かにしよう。偉大なアメリカにしよう。アメリカ人の生活さえよくなればいいんだ。あとは知ったことじゃない」(佐藤優)という「アメリカ第一主義」「アメリカ孤立主義」ともいえる言説を繰り返している。勝利が確定してからもTPP離脱、大手空調会社のメキシコへの移転を阻止、大手マスコミとの和解など、その言動は周りを混乱させている。いったいトランプはどこへ行こうとしているのか、アメリカ人はどんな国家を求めているのだろうか。
2014年に各国を駆け巡ったトマ・ピケティ『二一世紀の資本』が気になって手にとってみた。700頁に及ぶ大著でとても全てに目を通すことはできなかったが、いくつかの指摘は思い出すことができた。ひとつはr>gという公式(r=資本収益率、g=経済成長率)で、「株や不動産、債券などの投資によって獲得される利益の成長率が労働によって得られる賃金上昇率を上回る」というもので、持てるものと持たざるものの格差は時間とともに拡大し差は縮まらない。この格差は、第2次世界大戦から1970年代初頭(約60年間)に例外的な縮小をみるが、「大幅な金融規制解除と金融の地球化とによって」(赤木昭夫「ピケティ・パニック『二一世紀の資本論』は予告する」世界2014.8)、80年代からまた格差拡大が進行している。
この状態を脱するためにピケティが提案したのは次のようなことだった。それは「資本に対する世界的な累進課税(世界共通資産税)」で、「それをきわめて高水準の国際金融の透明性と組み合わせなければならない」(539p)とした。本人も言うように「世界各国がこんなものに同意するなど、当分の間はなかなか想像もできない」(同)。だが、国粋主義的な防御反応を許さないためにも、段階的に地域的なレベルでの国際協調から手をつけていくしかないと主張するのである。こうした方向性に「逆行するようにタックスヘイブンや投資を呼び込もうとする企業減税」(赤木・同)が世界や日本でも横行している。ピケティの目指したものの行く末はどうなっているのか。
タックスヘイブンといえば2016年4月に明かされた「パナマ文書」があまりにも衝撃的であった。「パナマ文書」とは、「パナマの法律事務所、モサック・フォンセカによって作成された、租税回避行為に関する一連の機密文書」のことで、税金がものすごく低いか全くかからない国や地域、いわゆるタックスヘイブン(パナマもそれに該当する)への資産移動を記録したものである。「パナマ文書」には、40年ほど前からこうして資産隠しを行っている200の国と地域、21万4千もの企業名が収録されているという。大きな話題となった資産隠し疑惑が世界を駆け巡りアイスランド首相が辞任したが、多くの場合、仕組みそのものには違法性はないということで推移している。世界的資産税の必要性が再認識される。
もうひとつ気になるのが「再国民化」の動きである。高橋進・石田徹編『「再国民化」にゆらぐヨーロッパ ― 新たなナショナリズムの隆盛と移民排斥のゆくえ』という著書が2016年3月に刊行された。タイトルからもわかるように、EU各国でさまざまな種類の欧州懐疑主義が近年急速に広がっていることを題材としている。2005年のフランスとオランダにおける国民投票での欧州憲法条約の否決、2016年のイギリスのEU離脱を決めた国民投票、ハンガリーがEU非加盟国との国境を閉鎖するなど、国家の権限の再強化と国民の限定が主張され、支持を拡大している(まえがきより)。
ドナルド・トランプの登場をこのような世界の動きとの関係で考えてみたい。
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