地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』

2015年8月のコラム

安保関連法案の成立は、解釈改憲に道を開く

 現在参議院で審議されている安全保障関連法案が成立することとなれば、我が国の憲政史に大きな禍根を残すこととなる。同法案は行政権による「解釈改憲」に道を開くものであり、憲法を崩壊させることとなるからである。同法案は、我が国が「武力によって紛争解決」に臨むことを可能にする法案である以上、従来の判例・学説、および政府解釈からすれば憲法9条に違反する。それを安倍内閣は憲法解釈を変更して進めようとしているのである。
 立憲民主主義は、憲法を頂点にして構成され、とくに行政権の恣意的な運用を国権の最高機関である議会と司法によってチェックする。行政権の法の番人として内閣法制局が置かれているのは、時の内閣による憲法や法令の恣意的解釈を防ぐためである。それ故、内閣法制局は、これまで当然砂川事件最高裁判決や憲法学の理論を踏まえて憲法第9条の公権的解釈を行ってきた。従来のこの法制局の解釈に従えば、安倍内閣が構想する安全保障関連法案は法制局の法案審査をパスできず国会への上程は不可能であったと思われる。そうだとすれば、安倍内閣は、憲法改正の手続のために制定された「日本国憲法の改正手続に関する法律」(平成22年制定、同26年改正)を活用して正攻法で憲法改正を国民に問うべきである。だが、安倍首相は、見解を異にする法制局長官の首をすげかえる異例の措置を講じた上で同法案を策定し国会に上程したのである。法制局さえ黙らせれば、国会は数を背景にして突破できる、と考えたのであろうか。しかし、これは「形式的合法性」を装いながら実質は行政の手による「解釈改憲」にあたると思う。衆議院の参考人に呼ばれた2人の元法制局長官でさえ、「今回の法案部分は憲法9条に違反し速やかに撤回されるべきものだ」(宮崎元内閣法制局長官)とか、「従来の政府の解釈の基本的な論理の枠内だとは言えなくなる」(阪田元法制局長官。以上衆議院特別委・参考人質疑、6月22日)と述べているのである。また、衆議院の審議過程で3人の参考人の憲法学者が同法案を「違憲」と断じている。しかし、政府・与党の一部では「人選のミス」だとか、「学者の意見に従って戦後の行政が行われていたら、日本はとんでもないことになっていた」などと学者を愚者扱いする発言さえあったという(朝日6月25日)。また、同法案を違憲と言っているのは「憲法学者の一部じゃないか」との発言もあったと報道されている(NHKスペシャル「与野党代表に問う 自衛隊の活動拡大と憲法」7月5日)。しかし、報道ステーション(テレビ朝日)の憲法学者への安保法制についての緊急アンケート最終報告によると、憲法判例百選の執筆者198人中151人から回答があり、違憲との回答127人、違憲の疑いがあるとの回答19人であるのに対し、憲法違反の疑いはないとの回答はたった3人であったと言う(tv-asahi.jp/hst/info/enque.6月16日)。憲法学の世界では、安倍安保法制は違憲なのである。
 にもかかわらず安倍内閣は、数の力でこの事態を突破しようとしている。だが、憲法の保障する国民主権の発動は選挙だけが全てではない。国民は多様な態様でその意見を表明し政治を牽制する。デモ行進、各種の集会、世論調査での意見表明、マスコミや議会などでの学者の発言、自治体の長の発言や地方議会の意見表明など選挙以外のルートを駆使して政治をチェックする。いわゆる「カウンターデモクラシー」(朝日6月25日)である。これらの国民の意見表明行動のなかで意外に大きな影響力を持つのは国民の世論調査であり、とりわけ内閣の支持率である。最近の安倍内閣の支持率は急落し(38%=日経、43%=讀賣)、安全保障関連法案については、今国会での成立に「反対」(讀賣=64%、日経=57%)が「賛成」(讀賣=26%、日経=26%)を大きく上まわり、政府・与党の同法案の説明不足が指摘されている(讀賣=82%、日経=81%。以上讀賣7月27日、日経同)。国民の良識は、健在だ。
 同法案が成立すれば、同法による軍事的拠点の中心は沖縄県になる可能性がある。普天間基地の名護市辺野古沿岸への移設に反対する知事を選出した沖縄県民は賢明である。さらに沖縄県議会は、基地移設にはどめをかけるために県外からの土砂搬入を規制する条例を制定し(7月13日)、さらに知事は法廷闘争も辞さない体制を講じている(日経7月20日)。これらは、すべて県民の民意を背景にした自治の発動である。かつて飛鳥田横浜市長が、ベトナム戦争へ派遣される戦車の輸送を道路法や車両制限令を活用して阻止する闘争を展開した事例(1972年7月。「資料・革新自治体(続)」522~523頁)を彷彿とさせる。
 立憲民主主義を軽視し、民意に耳を貸さない政権を国民は座視しているであろうか。

 

さとう ひでたけ  早稲田大学名誉教授)