地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』

2010年5月のコラム

生活保護政策のこれから

貧困との闘いを都市政策の中心に

 2010年度の当初予算ベースで、各団体とも生活保護費の伸びが著しい。1月26日、大阪市の平松邦夫市長が記者会見で、次のように述べている。働ける受給者に市の仕事をやってもらう一方、一定期間に市の仕事も就職もしない場合は保護を打ち切る「有期保護」の導入を検討している。一定期間は3-5年程度。この短期の期限つき給付方式は06年に全国知事会と市長会が提案しているものだが生活保護法の改正が必要である。また「貧困ビジネス」に対抗するため保護費として家賃分の住宅扶助を出す代わりに市営住宅の空き室を提供することも検討しているという。大阪市の生活保護受給者は、昨年11月末で13万5,507人、市民の20人に1人になる。10年度当初予算で2,888億円と過去最多を見込む。これは大阪市の一般会計予算の17%を占める。

 多くの府県や市では、生活保護費の財政負担は限界に近づきつつあるのが実情のようだ。政令指定都市などからは、生活保護行政の国への全面移管や国の10割負担を求める声も根強い。しかし、この議論には簡単には与しがたい。生活保護受給者も住民であるから、保護行政からの撤退を主張するだけでは説得力がないし、都市の貧困問題の解決につながらない。むしろ「貧困との闘い」を都市政策として明確に掲げることが求められている。

 この「貧困との闘い」は、この10年で、非正規労働者が働く人の3分の1を占める格差社会が定着したと見られることから、これからの新しい都市政策の中心的な課題となっていると見なければならない。これは経済のグローバル化のもとで、日本の企業社会が選択し、経団連など経済団体が進めている人件費を中心とするコストカット策を転換することが難しいからである。

 このことを前提に都市の生活保護行政のあり方を考える必要がある。第1には、生活保護費の国庫負担を現行の4分の3から、少なくも1985年以前の10分の8に戻すことが求められる。

 第2に最近増加している稼働年齢層や母子家庭などに対する自立支援施策の本格的な展開が求められる。この自立支援策は、あくまで「生活再建」のためで、健康管理など生活面での支援、無料職業紹介などの就労支援(大阪市の市の仕事の提供などもこれ)、キャリアアップに向けた職業訓練の給付、そのためのキャリアカウンセリングや相談事業など、専門職のネットワークで取り組まれるべきものである。生保担当のワーカーはその一部を担う。これが先に触れた「有期保護制度」を活かすものとなる。

 第3には、自立支援施策の対象となりにくい高齢者世帯や障害者世帯については、地域社会への参画などソーシャル・インクルージョン施策を進めて、社会的な孤立を防ぐ施策を進める。第4は、生活保護世帯も地域福祉計画推進の主体として位置づけること。第5には、生活保護世帯の子ども達への教育支援、生活支援を厚くし、貧困の連鎖を断ち切る。

 第6には、不正受給についての生活保護法の調査権限(第28条、29条)を活用する特別な機関の設置を検討する。担当ケースワーカーは調査をするなどの余裕がないから、専門機関ないし職員の設置が必要である。これが生活保護行政に対する市民的信頼を確立することになる。第7には、公営住宅を単身者などにも開放するなど住宅の確保と住環境の整備が求められる。第8にはそれに加えて、新しく住みやすい「まちづくり」の提案と、そのまちづくりや清掃事業などへの住民自身の参加が求められる。大阪市の西成区・釜ヶ崎ではNPOや町内会・自治会がこの取り組みを始めている。

 
そしてなにより貧困との闘いを進める「庁内ネットワーク」を構築し、地域のNPOや自治組織、精神保健機関などの専門機関との「地域福祉生活ネットワーク」を運用することが必要である。そのための官制高地として、市の企画部などに担当室を設けることも必須要件だ。なお「庁内ネットワーク」の先行事例では、滋賀県野洲市の生活相談室主査の生水(しょうず)裕美さんが中心となってつくった多重債務相談ネットワークが参考になる。

さわい まさる 奈良女子大学名誉教授)