地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』

2009年7月のコラム

自治事務への強制的是正制度の意味

辻山 幸宣

 2009年6月18日の衆議院総務委員会で、是正要求に従わない自治体に対する新たな強制措置を検討しているとの報道について質問があり、政府委員はつぎのように答弁した。

 「政府委員 ―(前略)いわゆる地方分権一括法によって導入されました国、地方間の係争処理手続きは、こういう地方自治体の違法状態が国と地方の間の法律解釈の違いから生ずるということに着目いたしまして、第三者機関を設置してその判断を仰ぎ、最終的には司法的判断によってこれを解消するという制度をとっております。(中略)こういう係争処理手続きに地方自治体が背を向けるという事態は、現行の地方自治制度上想定されていないわけでありまして、こういう事態を解消することが課題になっていると考えているところであります」。

 この質疑のもとになっている報道とは、①住基ネット不接続自治体を包括する都県への総務大臣の指示(当該不接続自治体に対して「是正の要求を行うように」との指示)がなされ、都県が是正要求を行ったけれども、それに何らの対応もしていない、②そこで総務省がこの事態を解消する方法をさまざまに検討しているというものである。検討されている方法は、①高等裁判所が是正措置を自治体に命ずることを求める訴訟を関係大臣が提訴できることとし、②この判決に従わない首長や自治体に罰金を科す。③首長に対する不信任議決の要件を緩和し、④不信任議決に対して議会を解散することはできなくする。⑤対象の自治体を名指しして是正を義務づける法律(地方特別法)を制定する、この場合、憲法95条の住民投票を行い、過半数の同意を必要とする、というものである。

 そもそも2000年施行の地方分権一括法によって、自治体の処理する事務は「自治事務」と「法定受託事務」に分けられた。法定受託事務には国がその事務の「適正な執行を確保する」(自治法2条9項)ために自治事務とは異なった扱いが規定されている。たとえば法定受託事務については大臣は処理基準を定めることができ、違法または適正を欠き公益を害している場合には「是正の指示」を発し、これに従わないときは裁判所に指示に従うことを求める訴訟を起こすことができる(同245条の8)。これらは自治事務には適用されない。

 その理由は分権一括法を審議した国会での次の国務大臣の答弁に明瞭である。

 「是正の要求というのは(中略)、やはり自治事務に対する関与であるということを考慮して、第一に、是正改善の具体的措置内容については、地方公共団体の裁量にゆだねるなど必要最小限のものとすること、いま一つは、是正の要求に不服がある地方公共団体は係争処理手段で争うことができるということにして、その適否について第三者の客観的な判断を仰ぐことができるということにいたしたところであります」(分権一括法審議での自治大臣答弁)。

 いかなる意味でも自治事務の処理について強制力を持って是正をさせることはできないし、そうすべきではないことが先の分権一括法の原則であった。しかもそれは、地方分権推進委員会が各省の意見対立を克服して打ち立てた原則ではなく、答申後の政府内調整で確立されたものであった(詳細は本誌113~117頁<資料>参照)。

 この問題は、あの長野県山口村と岐阜県中津川市のいわゆる「県境を越えた合併」に際しての田中長野県知事のふるまいあたりから総務省内で議論になっていたという。山口村からの合併申請(04年4月)を田中知事が議会に付議せず手続きが滞っていたところ、議員提案で議決におよび総務大臣への合併申請だけになったが、知事がなかなか申請をしないという事態に直面した。結果的に、知事は申請することになるが、議決から年を挟んで二週間、総務省は対処しようのないことに焦燥感を味わったに違いない(06年1月30日開催「第8回国地方係争処理委員会議事録」参照)。

 だが、分権改革はこのような事態を想定していなかったわけではない。それでもなお、強制的措置を否定してきたのは政府自身の判断であったはずだ。詳細は別稿に譲ることとして、上の係争処理委員会における磯部委員の次の発言を紹介して筆を置こう。

 「国の側の適法性判断が、一時代前の行政法理論にいう公定力のようなもので適法性の推定が働くのだから、自治体の判断は間違っているに決まっているのだと、したがって手続き的に第三者委員会でもう一度確認する必要はないなどという発想は、この分権の時代にふさわしくない」。

(つじやま たかのぶ 公益財団法人地方自治総合研究所所長)