地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』

2007年11月のコラム

多選禁止条例は制定された?

辻山 幸宣

 10月12日、神奈川県議会が全国で初めて「神奈川県知事の在任の期数に関する条例」(多選禁止条例)を可決した。内容は知事の任期を3期12年までとするものだ。これまでにも、長の任期制限に関する条例はあったが、それらはすべて「自粛」を内容としており、本人の判断にかかわらず3期で終わりとするものはこれが初めてである。他の「自粛」条例と同様、提案者は制限される首長(このケースは知事)であった。自治体発の新しい民主主義的ルールが確立したかとニュースに注目したが、実はこの条例が発効するには条件が付いていた。「この条例は、条例で定める日から施行する」という一文が議会修正で加えられたのである。その意味は、国の法律によって条例で制限することの根拠が設けられたならば、ということだというのである。はたしてこの条例は制定されたのであろうか、それとも単なる一つの文書に過ぎないのだろうか。

 このような方法で新たな規範の定立を試みた例を思い出した。たしか、三鷹市自治基本条例の策定過程で、「みたか市民の会」の原案に、自治体選挙における選挙権・被選挙権を18歳からとするものがあった。ただし、周知のように公職選挙法では20歳以上と定められているためこのような規定を置いても効力はなく、もし、その規定に従って18歳以上での投票を行っても違法無効ということになるであろう。そこで、「市民の会」は但し書きで「別段の定めがある場合は、当分の間その定めによる」旨を明記したのである。このようなことにどんな意味があるかとの疑問もあろうが、おそらくは、三鷹市民の総意としては18歳からの選挙参加を権利として認めるべきであることを宣言して、法がその趣旨を汲んで改正されることを要望したと考えるのである。この案は条例には盛り込まれることなく日の目をみなかったが、よく似た手法として記憶されてよい。

 神奈川県の場合は、議会との政治的妥協点としてこの方法が採用されたものと思われるが、そのきっかけになったのは、総務省に設置された「首長の多選問題に関する調査研究委員会」の報告書(2007年5月)であったとされる。この研究会報告の中で、神奈川県における政治的妥協に寄与したのは、①首長の多選を制限することは憲法違反には当たらない、②制限するには法律にその根拠を置くことが必要である、の2点であった。

 松沢神奈川県知事は県議会議員当時からの多選禁止論者であった。1990年には「中央公論」(3月号)に「首長多選禁止を条例化せよ」という論文を掲載している。自らが知事になった2005年12月議会に自分だけに適用される多選自粛条例案を提出、議会で否決された。また、翌2006年12月には誰にでも適用され、しかも知事の任期を3期12年までとする内容の「多選禁止条例」を提案して否決されている。前出の論文では条例で制限することが可能かについては検討がなされていないが、制限の内容は「立候補禁止」と考えられていた。それを、最初の提案の際に「自粛」条例としたことについて、「禁止条例となると憲法の問題とか、公職選挙法の問題がかかわってきて、かなり今、法律との関係で、条例化が難しいので、自粛条例みたいな形で、個別の形でやっていく方がいいんじゃないか」と説明している(2005年10月4日知事記者会見)。この段階では総務省の「多選禁止には法律の根拠が必要」との解釈に明確な反論をなしえないまま、「自粛条例」でもとにかく制定する方針だったと思われる。それから1年後、「現状の法律の中でも、多選制限を自治体がやることは法律違反ではない」として、多選禁止条例を12月議会に提出した(2006年11月10日知事記者会見)。このときも議会で否決されたが、議会の懸念はやはり法律の根拠なく条例で多選禁止が可能かということであったとされる。

 そして2007年10月、多選禁止条例が議会の修正付きで可決された。だが、この条例の施行には国会による法律改正が必要である。いわば、自治体条例の誕生を国の態度に委ねたことになる。はたしてこの条例は制定されたことになるのだろうか。この一件が自治と分権にどのような意味をもたらすかについて、総務省研究会報告書の内容と報告自体の機能を含めて今後の検証が必要であろう。

(つじやま たかのぶ・(財)地方自治総合研究所所長)