地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』

2007年8月のコラム

「自律自闘」にドラマと感動がある

 働く者の34%が非正規労働者という雇用構造の急激な変化(1998年には24%だった)によって、所得と働く条件の格差が広がる。一方で、地域間の格差も開く傾向にある。特に、過疎地を広く抱えた県では、人口定住の悩みは深い。政府はこの状態を放置し、これまでの地域政策の失敗に学んでこなかった。その上で、小泉・安倍の「構造改革」は、東京および経団連などを中心とする過度の競争型社会を目指していることがはっきりしてきている。これらに対して従来の自民党支持層の反発が極めて強いことを証明したのが、2007年7月29日投開票の第21回参議院議員選挙であり、特に一人区での自民党の惨敗である。

 しかし、農水省や経済産業省、国土交通省などによる補助金を中心とする地域政策の転換は、容易ではない。それは、これまでの地域政策の失敗の責任の一端が、農協など農業者や自治体農政担当者、首長や議員など地方政治家の中央政府と補助金への依存体質にあるからである。これからの地域政策は、この「中央依存」体質を脱却し、「自律自闘」の施策を展開する「地域市民」「地球市民」を支援するものでなければならない。そしてそこには、かならずおもいがけないドラマと感動があるはずだ。

 一方で、従来から補助金行政に依存せずに若者定住の中心的な施策の柱として様々な就労や雇用の拡大に向けた工夫も行われてきた。例えば、市町村に雇用労働行政の法的権限がなかった1979年に「津山雇用労働センター」を15市町村が協議会として立ち上げた「津山定住圏」などがそうである。そのスローガンは「雇用なくして定住なし」であり、津山市が2億円、各町村が1千万円、岡山県が6千万円を拠出して2階建ての雇用労働センターを建て、その周辺に職安や労基署を誘致するとともに、独自の雇用政策を展開した。

 島根県では、「ふるさと島根定住財団」が1992年、15年前に設立されている。バブル経済の絶頂期になるが、このとき県と国、島根の財界が20億円あまりを出資したもので、コミュニティ・ファンドのはしりとも言える。このようなアドホックな機関を作るメリットは、第一に、そこにプロパーの職員が育てば県など行政組織と一応独立の定住政策の拠点ができる、専門性の蓄積が可能なことである。第二には、行政と異なる民間組織としての柔軟性を活用し、行政の縦割り組織を超えた発想で、施策展開が可能だという点である。もちろん、財政や人事、組織の面で、県行政の都合で振り回されるなどデメリットも多いが、その中での工夫には見るべきものがある。ここでは一つだけ紹介しておきたい。

 財団はUIターン事業を最初から手がけてきたが、その中心的事業が96年からの「島根の産業体験事業」である。UIターン希望者に対して、農業、畜産、林業、漁業、伝統工芸などの事業所で、3ヶ月以上1年以内の産業体験を行うことを支援する事業。体験者への助成額が一ヶ月5万円。受け入れ先には、産業体験者一人当たり月に2万円の助成金が出る。それに中学生以下の子ども連れには世帯あたり3万円、家賃補助もある。

 事業創設から10年の実績は、2007年5月1日現在で、産業体験者の累計が1,125人となり、1,082人の体験修了者の48.2%、522人が終了後も引き続き県内に定着している。非常に高い歩留まりといってよい。この成果は、受け入れ事業者のホスピタリティーと体験者の熱意、それを引きだし支援した財団の「自律自闘」の精神だといっていい。

 修了者の業種別では、農業316人、畜産131人、林業133人、漁業140人、その他(松江の和菓子職人など)362人となっている。出身地では関西の312人、関東の307人が目立つ。年代別では、20代が多い。610人が体験し、592人が修了、定着したのは44.6%の264人となっている。30代は289人が体験し、272人が修了、定着者は137人で定着率は50.4%と20代よりかなり高い。ここには、多くの出会いとドラマと感動がある。

  そのほかに、県単独事業として継続することとなったヤングジョブカフェ事業では、事業を通じて財団プロパー職員にカウンセラー資格を取得させ、自前の若者就労施策の基盤をつくっている。またUIターン支援事業では、財団が無料職業紹介事業者となった初年度2006年度の目標30人のところ、105人が県内での就労が決定。毎年度の政策的イノベーションが不可欠だが、これらの事業がもつ可能性は大きい。県には、財団の自主事業のメリットを活かし、県自体の行政構造改革に連動させるような政策推進を期待したい。

さわい まさる・奈良女子大学名誉教授)