地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』

2007年1月のコラム

公共サービスのアウトソーシングをめぐる

Best ValueとPower of  Well-Being

 

 指定管理者制度、市場化テストなど、いわゆるPublic Private Partnership(PPP)的手法の導入を契機に、政府・自治体による公共サービスの「官から民へ」のアウトソーシングは大幅に進みつつある。自治体におけるこれまでのPPPの手法としては、「指定管理者制度」が圧倒的比重を占め(当研究所の調査によると79.0%の自治体が「指定管理者制度」を導入)、公共部門の職員数の削減、コスト管理などその経費削減効果と共に公共サービスの質の向上が期待されている。この「指定管理者制度」は、世界に先駆けて導入し既に20年以上もの歴史と実績を有する英国の「強制入札制度」(CCT:Compulsory Competitive Tendering)の日本版であるとも考えられる(CCTは1980年に導入、ブレア労働党政権下で2000年1月2日に廃止。なお、各自治体による任意適用は現在でも許されている)。

 英国の特徴であるが、自治体がこのような新たな権限行使を必要とする制度を導入するには、基本的には国の法律による授権を必要とする。それ故英国におけるCCTの導入は、Local Government Actの改正によって、まず、単純な労務の分野に限定して導入され(1980年)、その後、ごみ収集、道路清掃、学校・福祉施設の給食、さらに人事、財政など自治体の大半の業務に適用されるようになってきた(1988、92年改正)。しかも、適用割合まで国が定めている。まさに集権的CCTの導入と運用である。そして当時の保守党政権は、自治体行政は本質的に不効率であるとの認識から、自治体改革の最終目標を、自治体を住民に対するサービスを直接提供する役割から撤退させ、民間企業が公正な競争ができる環境作りと適切なサービスの提供を監視する役割に特化させることに置いていた。つまり「サービス提供者(provider)」から「条件整備と監視(enabler)」への変革であり、このことを国主導で集権的に進めようとしたのである。経済性・効率性実現に急であったため、その後サービスの質が厳しく問われることになる。そこでメジャー保守党政権は、1991年、これらの点に加えて顧客としての住民へのサービスの質を考慮するため「市民憲章(Citizen’s Charter)」白書を公表して、公共サービスの成果を経済性、効率性だけでなく有効性を加えて数値化して評価し、それを類似自治体と比較検証するために、自治体監査委員会(Audit Commission)に全国統一的業績評価指標(Citizen’s Charter Performance Indicators)を策定させ、それによって公共サービスの成果評価を行っている(その結果は、毎年議会へ報告され公表される。たとえば、The Citizen’s Charter:The Facts and Figures September 1995。 London;HMSO)

 その後1995年5月に誕生したブレア政権は、公共サービスの質に力点をおいた「ベスト・バリュー」(この点に関しては、稲沢克祐教授の一連の研究がある)の実現に意を用いながら、「行政サービスが改善されない自治体は、廃止も」と宣言し、地域の政治・行政システムを身近で参加しやすいものにする「地方政府の近代化(modernization)」、とりわけ自治体による主体的改革を促すために、自治体に大幅な権限を付与するLocal Government Act 2000(同名の法律は、1933年以来存在する)を制定した。

 英国における自治体は、都市の歴史、自治に対する社会的尊敬の念などによって形成されている側面があるにしても、憲法習律などによる、日本憲法におけるような「憲法的」自治の保障は存在しない。それ故自治体は、議会主権(Parliamentary Sovereignty)の原理との関係から、議会制定法により授権された権限しか行使できず、それに違背する行為は権限逸脱または濫用となって無効となってしまう(ultra vires の法理)。これでは主体的改革はできないと考えたブレア政権は、地方自治法2000第2条において、地域における経済面、社会面、環境面における最適状況を促進・向上させるに必要な大幅な権限(Power of Well-Being)を自治体に与え、自治体が地域に適合した主体的自治体改革に取り組むことを可能にする法的権限を付与したのである。この点をとらえて論者は、「再編されつつある中央・地方政府間関係」と論じている(「The Changing Constitution」の中のMartin Loughlin論文。同書pp.137)。

 このような英国の自治体の置かれている状況に比べ、わが国における自治体は憲法上の保障を受け、しかも地方分権改革によって、依然理念的部分も多いとはいえ国と対等な関係を獲得している。しかし、それにもかかわらず「指定管理者制度」の導入状況を見る限り、自治体の主体性が国民から見えにくいと感じるのは、筆者だけの感慨であろうか。

 受託者の第1位は財団・社団(32.6%。以下前掲当研究所調査)、しかもこれら受託団体は42.7%が自治体の50%以上出資団体である。株式会社など民間企業は第4位で全体の10.4%に過ぎない。施設の管理・運営費は、大半が(56.1%)が依然委託料であって、独立採算には程遠い。特に気になるのは、国主導の自治法改正により、しかもタイム・リミットまで定められて導入されたこともあってか、自治体側の対応は受身の感がぬぐえない。公共サービスにおける日本型の「ベスト・バリュー」の指標、評価システム、類似自治体や民間による場合との比較など、その手法、システムなどの検討も不十分な感がぬぐえない。

 今後の自治体側主導の主体的な自治体改革に期待したい。

さとう ひでたけ・早稲田大学教授)