地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』

2002年11月のコラム

建設事業を半減する
 10月の終わりに、徳島市で開催された地方自治研究全国集会に参加した。いろいろ示唆に富んだシンポジウムや報告があったが、「NPO法人 吉野川第十堰の未来をつくるみんなの会」の姫野雅義さんの発言が特に明晰だった。「第十堰は出来てから240年経って、補修は必要だが、なお現役なのだ。そのような技術を、現代にどう生かすか」という発言である。確かに現代技術の粋であるはずのダムは、50年持たないで砂に埋もれ、次々に新しいものを作らないとならない。本四架橋も50年持つかどうか。原発も50年で廃炉である。長くても50年で次々に巨大な廃棄物になるものを作ってきたのが、近代工業なのだ。
つまり100年持つ建造物を作ることが出来れば、長期的に見て投資額は半減する勘定である。それを建設するかどうかは、政策評価とアセスメントのハードルをくぐる必要があるが、いずれにしても、評価基準としてその耐用年数が問題にならなければならない。
ところで、財政構造改革目標の一つとして、社会資本投資の適正化の問題がある。1997年にまとめられた「社会資本の構造改革に向けて」という経済企画庁経済研究所編の報告書を見てみたい。ここに先進国における政府固定資本投資の比率、すなわちGDPに占める毎年度の政府による固定資本投資のウェイトを比較したものがある。その後この数字は有名になったのだが、日本が6.4%(1995年)、アメリカが1.6%(1993年)、イギリスが2.1%(1991年)、カナダが2.3%(1994年)となっている。フランスは3.4%(1993年)、ドイツが1.9%(1993年)である。
各国のこれまでの社会資本投資の歴史の違いもあり、この大きさをどう評価するかは難しい。しかし、財政構造改革の一環として他の諸国並みに固定資本投資の比率を下げるという選択肢があってもよい。建設事業の圧縮は、いわゆる「土建国家」批判に応え、建設事業をめぐる談合や政治家の口利き、そして汚職の温床を縮小するという意味でも、財政構造と政治構造の改革にとって不可欠の課題である。
ここでは、フランス並みに固定資本投資の対GDP比を3.2%と半減した場合を考えてみたい。わが国の地方における建設事業のピークは1995年度の31兆1,131億円。固定資本投資のフランス並み比率がストレートに地方財政における建設事業に反映すると仮定してピーク時の半分、16兆円となるとしよう。2000年度決算では、都道府県と市町村の純計で23兆9,017億円であるから、この2000年ベースから約8兆円切り下げることなる。これは2000年度決算に対して67%の水準である。なお、ピーク時の1995年から2000年までの切り下げ率は約23%、95年を100として77%水準となっている。
2000年度ベースでの財源内訳で計算すると、同年比で国庫支出金が1兆7,739億円、地方債が3兆2,034億円、一般財源が2兆2,218億円、削減されることとなる。
すなわちこの簡単なシミュレーションから、公共投資をフランス並みにすると、地方一般財源も相当に余剰を生じる(2000年度ベースで2兆円以上)ことがわかる。また地方債も大きく削減できるが、これは5年後10年後の一般財源負担を大きく軽減する(おそらく4兆円以上)。国庫支出金も2兆円弱削減できる。 このような削減は、不可能ではない。可能である。問題は、各事業省庁と族議員の抵抗とともに、地方自治体の内部改革が強く求められるところにある。土木、建設などの専門職員の再教育と再配置を積極的に進め、新しい行政領域に対応できる職員として働く新しい専門職員となることが求められる。これからの地方自治体は、建設事業を圧縮し、人によるサービスにシフトすることによって、地域や国際的、民際的な各団体のコーディネーター役、あるいはソーシャルワーカーに徹する組織として再構成されなければならない。経常収支比率は当然上昇するが、そのような経常的支出を中心とする新しい自治体となるのである。
さわい まさる・奈良女子大学教授)