地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』

2004年6月のコラム

「行政のコンプライアンス」と公益通報制度

 近時、自動車、食品、電力(原発)会社などの不正行為が明るみになったのは、残念ながら内部告発がきっかけであった。行政においても、外務省の官房機密費問題、都道府県の食料費、警察の不正経理問題、市町村レベルでは高知県T村や和歌山県S町でおこった十億円を超える公金横領問題などがある。これらは会計検査院の検査や住民監査請求などを契機に明るみになったものも多いが、内部告発によるものも見られる。このような事態の発生を未然に防ぎ得るかどうかは、基本的には企業や行政自体のガーバナンス(統治・統括能力)の問題である。

 しかし、企業であれ行政であれ、自己組織防衛本能から、内部の恥は可能な限り外部に出すことを避け、なんとか隠蔽したいと考えがちなのが組織の性(さが)である。その結果、それが明るみになった時の深刻さは、計り知れない。企業は経営の崩壊につながりかねないし、行政は住民からの信頼を失い深刻な機能不全に陥るとともに、そのロスたるや計り知れない。

 そこでガーバナンスの不可欠の要素としてかねてより企業経営に導入されつつあるのが「コンプライアンス」(遵法経営理念)である。ただ、コンプライアンスは、単に法の遵守にとどまらない。法の遵守を基底に置きながら、さらに企業の場合であれば企業倫理、行政であれば行政倫理までも包含して考えなければならない。法の執行を担い公共の福祉を増進するために国民・住民の負託を受けて行政サービスを提供する国や自治体は、民間企業以上に遵法精神や倫理性が求められる。

 自治体行政におけるコンプライアンス確保のための制度としては、すでに監査委員制度・外部監査制度、事務監査請求、住民監査請求、住民訴訟、議員、首長等の解職請求など住民の発意や第三者的機関などによるチェック制度がある。情報公開制度も大きく寄与している。しかし、それにもかかわらず違法・不適切な行政があとを絶たない。違法・不適切な行政運営がつねに明るみになるとは限らないため、これらの制度によるチェックが常に機能するとは限らないからである。

 通常、事態に最初に気付く可能性が高いのは内部の者であるが、組織の自衛本能や公務員の自己保身(不利益扱いの恐れ)などから、それが隠蔽されてしまう。そこでコンプライアンスを実効あらしめるために、自治体においてすでに条例や要綱によって制度化されつつあるのが公益通報制度であり、最近国においても公益通報者保護法が成立したところである。行政におけるコンプライアンスを行政の担い手であり、事態を最も早く気が付く可能性のある公務員自体を通じても形成しようというのである。たしかに公務員には法令遵守義務(国家公務員法98条、地方公務員法32条)が課されており、さらに公務員は全体の奉仕者(憲法15条2項)であることから、法令遵守や行政の倫理性を行政の担い手である公務員を通じて確保していくのは当然であろう。

 ただ、この制度には検討すべき課題が多い。しかし、すくなくとも以下の点は最低限確保しておくことが必要であろう。第一は、「公益通報」した公務員の保護を行うため、通報を受け調査する者を外部の者とし、議会の同意を得て任命すること、第二に、通報者の保護のための監視機関を置くこと、第三に、公務員の守秘義務との関連を明確にするため、可能な限り公益通報が守秘義務違反にならないよう特に手続・様式を定型化して事前に示しておくことである。

さとう ひでたけ・早稲田大学教授)