地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』

2005年4月のコラム

市公安条例の亡霊-合併余話①-

辻山 幸宣

 鳥取県米子市と淀江町が3月31日に合併した。新設合併であるので、3月30日にいったん市町は廃止され3月31日に新生米子市が設置される。廃止に伴ってそれまでの市町の条例
・ 規則等は効力を失うのは当然である。そこで、合併協議会は例規の取扱について以下のように決めた。

「<合併協定 14-条例・規則の取扱い>

 両市町で制定されている条例
・ 規則のうち、その内容に差異がないものについては、現行の例規をもとに新市において制定する。

 また、その内容に差異があるもの、又は、いずれかの市町で制定されている条例
・ 規則については、事務事業の調整内容を踏まえ、新市の事務執行に支障のないよう整備するものとする。」

 問題は、第2事項として指摘されている両市町で内容に差異があるもの、またはいずれかの市町で制定されている条例の扱いである。そして、これに該当するものとして、米子市の「示威行進および集団示威行進に関する条例」があり、その取扱いが問題となった。米子市だけに制定されており、合併でその効力を失うことになるこの条例をどうするかで米子市議会で対立が起きた。「公安条例」が市の条例として生きていたことを迂闊にも課題視してこなかった私は、虚を突かれて狼狽した。市町村合併が50年前の亡霊を現世に呼び寄せてしまったかのような話である。

 さて、この条例を地方自治法施行令第2条の規定に則り、いわゆる「暫定施行」したいというのが米子市長の方針(ということになっている)である。市長は「市民生活の安全確保のため、この条例は暫定施行されるべきと考える」と述べている(全員協議会でのあいさつ)。たが、その背景には明らかに県公安委員会および県警本部の意向が働いていることを先のあいさつで幾度も述べている。「権限を有する県公安委員会及び県警本部長の見解としましては、『現に、市民生活の安全確保のため、この条例が有効に機能している』、『将来的に治安情勢がどのように変化するのか予測できない状況のもと、この条例の必要性は消滅していない』等の理由により、この条例が、今後も必要であるとのことであり 、……そのような見解を尊重し」、暫定施行されるべきといっているのである(下線筆者)。市議会では同条例の廃止条例で対抗する動きもあったが及ばず、3月31日の合併を期して「暫定施行」された。

 ところで、話を 50年前に戻すと、自治体警察を廃止する新警察法が昭和29(1954)年に施行されたとき、自治体警察時代に制定した「市公安条例」は廃止され、都道府県公安条例に引き継がれたのが一般的であった。だが、その時点でどんな理由があったのか、市の「公安条例」のままにしておいて県公安委員会
・ 県警がその事務を執行することとした市があった。調べによると、そのような市は全国に 35市あるという。そして米子市もその一つであった。報道によるとそのうち萩市や光市など9市では合併後の「暫定施行」を決めたという。

 このような変則的事態が戦後半世紀にもわたって続いてきたこと、それを問題にしてこなかったことなど反省点は多い。今後、当研究所としても徹底的な調査研究を行う所存である。しかし今は、このような沿革をもつ、しかもつねに憲法上の権利との緊張感をはらんだ条例を「暫定施行」することの意味を考えることが先決であろう。そこでまず、「暫定施行」とは何かを考えてみる。先に掲げた地方自治法施行令第2条の内容は次のようなものである。自治体の設置があったときは、職務執行者は「必要な条例又は規則が制定施行されるまでの間、従来その地域に施行された条例又は規則を当該普通地方公共団体の条例又は規則として当該地域に引き続き施行することができる」。この規定が何を指しているかは明白である。それは、合併によって廃止された条例等が新市の議会で制定されるまでの間、住民生活に不都合がないよう、それぞれの区域に限って従来の条例等の効力をもたせる措置である。従って「必要な事項につき」とされている。第1に、この「市公安条例」が、新議会で新たに制定するかどうかを議論する暇もないほどに「必要な」条例であるかどうかが問題である。第2に、そもそもこの「市公安条例」自体が警察法改正の際の「都道府県公安条例制定までの間」の「経過措置」であったはずである。50年前の亡霊と正しく付き合う方法は、変則的取扱を正すことである。

(つじやま たかのぶ・地方自治総合研究所主任研究員・研究理事)