地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』

2007年5月のコラム

私人による「公権力の行使」

 

 公共サービスの外部化(民間化)が、ますます拡大しつつある中で、検討すべき多くの理論問題に直面する。特に、いわゆる「公権力の行使」を私人(民間企業や各種の特殊法人など)に行わせる場合の問題である。「公権力の行使」の外部委任については、建築確認(指定検査機関)、公の施設の使用の許可(指定管理者制度)などがその例であるが、ついには年金保険料の強制徴収さえも外部の法人(日本年金機構。職員は非公務員。「日本年金機構法案」として今国会へ上程)に委任されるに至っている。

 このことと関連した最高裁の判断として、典型的「公権力の行使」と解されてきた指定確認検査機関の建築確認をめぐる最高裁(第二小法廷)決定(平成17年6月24日)があるが、さらに「福祉行政」の分野で、本年(平成19年)1月25日最高裁(第一小法廷)は、新たに注目すべき判決(損害賠償請求事件)を下し、理論や実務の動向に一石を投じた感がある。

 A県が家庭での養育困難な児童を、児童福祉法(以下「法」)27条1項3号所定の入所措置(「3号措置」)に基づき、 社会福祉法人の設置・運営する児童養護施設B学園に入所させていたところ、当該児童(事件当時9歳)が、B学園の施設内で3号措置による入所中の児童から暴行を受け傷害を負った事件につき、B学園の職員に入所児童を保護監督すべき注意義務を懈怠した過失があると認定した上、それを国家賠償法1条1項によりA県の国家賠償責任を認めた事例である。問題はB学園の施設長及び職員(以下「職員等」)は、A県の公権力の行使にあたる公務員と言えるかにあったが、最高裁は、B学園の職員等は、A県の公権力の行使にあたる公務員に該当すると判示したのである(原審・名古屋高裁判決も同趣旨)。さらに同判決は、A県が国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負うときは、使用者である本件社会福祉法人は、民法715条に基づく損害賠償責任は負わないとの注目すべき判断も示している(内部の求償の問題として扱う趣旨であろう。原審名古屋高裁判決は、これに反し同社会福祉法人の民法715条に基づく損害賠償責任を認めている)。

 民営の養護施設の職員等は組織法上(公務員法上)の公務員ではない。この点につき、最近の学説は、たしかに国家賠償法1条1項にいう公務員とは、およそ「行政主体」のために公権力を行使するとみなされ得る者と解する方向で展開している(たとえば、藤田宙靖『行政法Ⅰ(総論)』<四版>474頁)。しかし、問題は、いかなる場合に、「『行政主体』のために公権力を行使するとみなされ得る者」、あるいは「『行政主体』のために公権力を行使していると評価される……」(本判決解説。判例時報1957号61頁)と言えるのかである。

 「公権力の行使」やその「委任」をめぐって、これまでの最高裁判決・決定において確定しつつある判断枠組みは、おおよそ以下のようである。まず「公権力の行使」については、①当該事務が法令によって国および地方公共団体に排他的・専管的に帰属しているか、②その事務の処理が非私法的手段(対等関係を前提にした契約的手法ではなく、法令に基づいて行政が優越的に法関係を形成し得る手段を行使することが認められているか(許認可、確認、措置<上記の最高裁判決の例では、児童福祉法27条1項3号の措置>。そうすると保育園の入園をめぐる「契約的」扱いは、どうなるのであろうか)、事務・権限の私人への委任については、①公務を受託する私人が公的権限の委譲を受けるなどして「行政主体」のために「公権力を行使」していると評価されること、②その評価は、法令に基づく委任の根拠、手続、監督などが存在するかどうかによるようである。

  しかし、それにしても、そもそも①何が「公権力の行使」に該当するのか、②公権力の行使のうち何を民間機関や私人(非公務員)に委任できるのか、③委任する場合いかなる要件や手続が必要か、④委任した公権力の行使をめぐる取消訴訟や損害賠償請求は誰を相手に誰の違法や故意・過失を問題とするのか、⑤公権力の行使を行う民間機関に対する行政の監督のあり方や監督責任をどう理論化するのかなど、今後の検討課題は多く重要である。

さとう ひでたけ・早稲田大学教授)