地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』

2007年12月のコラム

平和のための連合と新しいシティズンシップ

 欧州連合(EU)は2007年10月19日、リスボンでの首脳会議で、フランスやオランダの国民投票の失敗で宙吊りになっていた「憲法条約」に代わる「基本条約」で合意した。「憲法条約」の内容を基本的に引き継ぐ「基本条約」の中心は、これまで半年ごとに交代していた議長国を、2年半任期の「大統領職」とすることだ。これによって政策の一貫性や安定性を確保するとしている。これによってEUの超国家的(トランスナショナル)な性格はこれまで以上に強化されるにちがいない。

 2007年の1月にブルガリアとルーマニアが加盟してEUは27カ国に拡大し、スロベニアがユーロを導入してユーロ圏は13カ国となっている。このEUの制度的な基本型は1957年にドイツ、フランス、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグの6カ国が、共同市場の設立を目的として結んだローマ条約にある。ここから、「国民国家」を超えた共同市場の実験が始まった。

 このEUの実験の特色は、「国民国家(ネイションステイト)」を相対化し、国境の壁を低くしようとする一貫した施策にある。これは、もともとが「国民国家」の国民として、二度の大戦で殺しあった6カ国の首脳および後に政権につく社会民主主義政党のリーダーに共通した「ヨーロッパ不戦の意志」から構想された仕組みだからである。

 この「平和のための連合」ともいうべき理念は、今年、2007年3月25日にローマ条約署名50周年を期して発出されたベルリン宣言にも、現代化されて継承されている。宣言はおおむね次のように述べる。第一に、グローバル経済での相互依存の増大と国際市場での競争激化をEU主導で乗り切る知識と能力を形成する。第二に、一致してテロリズム、組織犯罪および不法移民と闘う。また自由と市民的権利を擁護し、人種差別と排外主義の支配を決して許さない。第三に、世界に生じる様々な紛争の平和解決にコミットし、貧困と飢えおよび疾病を根絶する闘いで主導的な役割を果たす。第四に、共同してエネルギー政策を推進し、気候変動というグローバルな脅威を取り除く闘いを先導し、貢献する。

 この宣言がEU諸国共通の宣言として発せられた意味は大きい。たとえば、日本政府が東北アジアでこのような宣言に参加する可能性を考えると、その遙けさにため息すら出る。

 さらに「国民国家」を相対化する意思は、地方や地域の分権と自治を推進するという形でも現れた。この40年で地域が自立する方向でまとまったのは、イギリスのスコットランド、ウェールズ、スペインのカタルーニャ、バスク、ガリシア、フランスのコルシカ、イタリアのサルデーニャ、スイスのジュラなど10地域にのぼる。これにミッテラン政権での分権化など一般施策としても分権が進行した。

 くわえてEUの実験の特色として、「新しい市民権・シティズンシップ」を形成しつつあるという点にも注目したい。国境が開かれたものになるとともに、大量の移民と難民の流入を容認し、あるいは積極的に受け入れてきた。このため、新旧の移民をめぐって「社会的排除」という深刻な問題を抱え込んでいる。しかし、同時に1992年のマーストリヒト条約8条によって「新しい市民権」が生まれた。それは市場統合のための労働力の自由移動の権利から、より一般的な「EU市民権」の移行をめざしたものだ。EU市民は加盟国の領域を自由に移動し、居住し、働く権利を持つ。また移動先の国の地方選挙への参政権を持つ。社会保障についても基本的に居住国の市民と同等な給付を受けることができる。現在これらのEU市民権は、非EU諸国出身者にも拡大する方向である。

  このように創業時の明確な理念を堅持しながら変貌するEUは、分権化や地域自立、シティズンシップのあり方、そして東北アジア共同体の可能性を考える際の、有力なベンチマーク(測量の基準点)でありつづける。

さわい まさる・奈良女子大学名誉教授)