地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』

2008年7月のコラム

前進と後退

 地方分権改革推進委員会の「第1次勧告~生活者の視点に立つ「地方政府」の確立~」が、5月末に福田首相のもとに提出された。それから3週間ほどたった6月20日、内閣のすべての国務大臣をメンバーとする地方分権改革推進本部で「地方分権改革推進要綱(第1次)」の決定があった。このことを報じる各新聞社説や解説等の論調をみると、推進委員会勧告からの後退を危惧するものがほとんどである。

 予想されないことではなかった。第1次分権改革のときの仕組みにおおむね従って今次の地方分権改革推進のそれが法制化された時点で、すでに、推進委員会の設置根拠法に勧告等についての尊重義務が明文化されていないことに注意がうながされていた。口頭で「最大限の尊重」が言われても、いかにも頼りない。それに今回は、与党の自民党に「政府と平仄を合わせる」というふれこみで地方分権推進特命委員会なる組織が設置され、推進委員会の審議に対して厳しい批判が浴びせられたようであるし、勧告の中の「重点行政分野の抜本的見直し」などについても各省からは「ゼロ回答」が続いていた。したがって、結果は「案の定」である。

 改革に前進と後退はつきものである。それが、もともと対立のあることを前提として成り立つ政治の世界のことであれば、むしろ当然のことといってよい。推進委員会のスタート時点で委員長代理だった増田総務大臣も、そのことは十分覚悟していたにちがいない。報道によれば、当の増田総務大臣は、推進本部による要綱決定後のブリーフィングで、「勧告で二歩前進、(調整)で一歩後退という相場観でやっている」と語ったという(「日本経済新聞」6月21日)。

 なるほど、と思いつつ、他方で、はたして「二歩前進、一歩後退」といえるのか、やっぱり「一歩前進、二歩後退」ではないのかと思い直したりした。前者であれば、差し引き一歩前進であるが、後者であれば、差し引き一歩後退ということになる。勧告自体について、二歩前進とみるか、それとも、せいぜい一歩前進にとどまるとみるかで見解の対立がありそうである。くわえて、推進派と慎重派とで政治的調整が図られたという要綱について、どのように判定するかをめぐっても不一致がありそうである。

 やや古い世代は、私もそこに含まれるが、「一歩前進、二歩後退」という表現のほうが馴染みがある。レーニンが党の組織戦略論の文脈で使った表現もそれであった。その警句的表現の使い方もさまざまである。一歩前進するには二歩後退しなければならないこともあるのだ、と素直に使う人もいれば、それと異なる意味合いを込めることもある。がむしゃらに前進だけをすればよいということではないのだ。前進したと思いこんでいたら、それ以上の後退が始まっていたということだってある。状況をよく見よ、足元を見直せ。こういうことではないかというのである。

  中には、意表をつく使い方もある。前進するための戦略としてそれを使うのであれば、後ろ向きになるしかない。背中を前方に向けて二歩さがり、風当たりが強くて一歩戻ったにしても、結果として一歩前進ということになるではないか。要は、いったん後ろ向きになることが肝要だ、というのだが、はたしてどうだろうか。いずれにせよ、状況をよく見定めなければならないことに関しては争いがないようである。

いまむら つなお・中央大学教授)