地方自治総合研究所

MENU
月刊『自治総研』

2008年11月のコラ

自治体におけるコンプライアンス管見

 行政活動をめぐるコンプライアンスのあり方や手法について改めて検討してみる必要がありそうだ。会計検査院の12道府県を対象にした検査で「裏金作り」、「流用」など「不正経理」が指摘され、さらに独立行政法人「高齢・障害者雇用支援機構」傘下の47都道府県の雇用協会に支払われた業務委託費の「不正経理」問題が明るみになってきているからである(讀賣新聞10月29日)。また、ある県の調査によれば、「不正経理」に何らかの形で職員の4人に1人が関与していた(同10月23日)というのであるから、驚きである。

 厳しい競争に晒される民間企業においては、コンプライアンスは、企業経営の常識であり、企業の存亡を左右するほどの本質的な課題として研究され実践されてきている。商法上の不正経理や脱税など金銭がらみのコンプライアンス違反事件が見られるとともに、決定的となるのは食品などに見られる有害物質混入や産地偽装などのケースのように、それが直ちに企業倒産に直結する例が多いからであろう。

 古典的なコンプライアンス、いわゆる法令遵守の原則であれば、行政においてであれ民間企業においてであれ、古くから意識されてきたことであり、行政の場合法律による行政の原理や公務員に課せられてきた法令遵守義務や守秘義務などからすれば、むしろ行政領域の専売特許でさえあった。先に掲げた「不正経理」問題は、法令遵守の原則を徹底すれば片付く問題ともいえる。「不正経理」の背景には、国の補助金制度と単年度予算に基づく国や自治体の会計制度の問題点もある。その改革を提言する必要もあるが、だからといって現行の会計制度に悖る運用が許されるはずがない。

 しかし、今日におけるコンプライアンスのあり方は、古典的な法令遵守の域にとどまらない。民間企業においては、その意義、対象あるいは手法も、そして関連する法制度も大きく様変わりしてきたと言ってよい。コンプライアンスは、法令等に従う(comply)ことを基本にしながら、今日ではその企業が提供する製品やサービスを完全なものにして市場に提供し、そのアフターサービスまでも含むプロセスを適正に確保するための企業行動を制御する概念であるとともに、それを超えてさらに企業の社会における存在意義を「ビューティフル」に消費者に描いてみせるための「経営戦略」実現のための道具概念ともなってきている(環境コンプライアンスや消費者保護コンプライアンスなど)。そこで企業は、①組織体形成・運営、②製品・サービスの生産過程、③製品・サービスの市場での提供過程、④アフターサービスといった領域やプロセスを設定した上で、それぞれのレベルでのコンプライアンスのあり方や基準を法令等を前提にしながら設定するとともに、⑤これらを総合する形で消費者に企業の「ビューティフル」なイメージを描いて見せるための「経営戦略的」コンプライアンス基準をも設定して行動することとなる。

 しかも民間であれ行政であれ、法令違反の場合は、法的制裁により制御されることとなるが、民間企業の場合法的制裁に加えて、決定的な制裁が市場において行われることが一つの特徴であろう。コンプライアンス経営が実現できない企業の商品は、市場から駆逐され、その企業は最終的には市場からの退場を余儀なくされる。この市場における制裁の回避こそ企業にとってコンプライアンス経営の決定的なインセンティブなのである。

 行政におけるコンプライアンスの基本は、依然法令遵守が核にあることは揺るがない。各種の法令・条例・規則等によりコンプライアンスの対象や基準が定められるからである。そして行政におけるコンプライアンスに悖る活動は、市場によってではなく、法的制裁や最終的には主権者の世論と選挙によって形成される政治的磁場での制裁を受けることとなる。住民による首長・議員の公選、首長・議員の解職請求、事務監査請求・住民監査請求などの直接請求、議会による統制などである。そこで行政活動を統括する首長は、行政活動のコンプライアンスを確保するため、監査制度などの活用に加えて、任意のコンプライアンス確保の体制を講じなければならないこととなる。

 このように見てくると民間企業のコンプライアンスのインセンティブは、法的制裁+市場制裁回避型であるのに対し、行政のコンプライアンスのインセンティブは、法的制裁+政治的制裁回避型といえよう。しかも企業の場合市場からの退場(廃業・倒産)までも想定されているのである。ただ、行政といえども、行政サービス提供のあり方への民間的手法の導入や行政事務・事業の民間委託化などにより、コンプライアンスの理念に市場制裁回避的要素が加わるとともに、コンプライアンスの対象が事務・事業を委託した企業や私人にまで及ぶなど、コンプライアンスのあり方は大きく変りつつある。それ故行政コンプライアンスのインセンティブも、法的制裁+政治的制裁回避型に市場制裁回避の要素を考慮せざるを得なくなってきている。行政の特性や変貌、民間企業における動向などに目をむけながら、行政活動におけるコンプライアンスのあり方を改めて検討する必要がありそうだ。

さとう ひでたけ・早稲田大学法学学術院教授)