地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』

2009年9月のコラム

政権交代と地域社会の再生

 衆議院選挙結果が次々と明らかになり、政権交代が現実となった8月30日夜半、たまたま、担当する行政法ゼミの合宿中であった。同僚や学生諸君との話題が歴史的政権交代の意義や今後の展望に及んだのは自然の成り行きであった。

 政権交代は、既存の政治・行政制度の制度疲労、民意や国際社会の動向と乖離した政策作り、その元凶の一つと目される官僚主導・霞ヶ関中心の政策作りや行政運営、政・官・財馴れ合い型政治・行政運営による政治・行政過程の非透明性、税金の無駄遣いなどを一掃して、民意に沿った新たな問題意識と感覚で政治や行政が行われることへの期待は当然ある。しかし、学生の一人が、「そうか、これからの政治や行政は、野球にたとえればドームの中で行われてきた試合を、青空の下でやるということか。忘れていたが、ドームの先に青空が開けているということだ。」と、今の社会の閉塞感を野球にたとえて問わず語りに語っていたことが胸を打つ。民主主義の原理からすれば当然でありながら、政権交代の意義は、まずここにあるのかもしれない。海外からは「日本国民は、他の普通の民主主義国なら陳腐に映る政治家による政策決定を望んでいる。」と皮肉な論評が報道(讀賣9月2日)されているが、日本の現状からすればこの点は止むを得ない。しかし、併せて「(このことは)政策そのものが改善されないなら、本当に重要なことだろうか。」と指摘されている点は耳が痛い。

 問題は、このことを実現していくシステムと政策だ。個々の政策の当否やその実現可能性については今後の推移を見なければならない。しかし、まず、政権交代の意義の要となるのは、政治主導・官邸主導の政策決定や行政運営体制の確立だ。政治主導は、われわれが選んだこともなく、政治システムの中で責任を持つこともない官僚たちが、実質的に政策決定を行うのではなく、我々が選び政治的責任を持つ政治家たちが、いかに政治主導で政策決定を行うかであろう。政治家たちは、国民の生活の舞台である地域社会を選挙区とし、民意を最も反映し得る立場にある。政治家は、民意を鋭く汲み取った政治を行わなければ生きていけない。民意と政治家の緊張関係こそ政治の原点である。このことも今回の選挙結果は如実に示している。もう一つの官邸主導の意味は、民意を反映した迅速な政策決定と同時に各省庁の省益を超えて国民の利益を最優先した政策決定を行いうるようにすることにある。地方分権一つとってみても、地域社会の民意に基づいて本質的に見直すべき課題は多い。地域社会における自治体制のあり方、地域の民意と政策課題とのずれ、省益に左右されがちな権限や財源配分問題など、地域社会の建て直しの観点からの改革が急務だからである。自民党のマニフェストでは、道州制が掲げられ、民主党のマニフェストには、基礎的自治体(市町村)を重視した「地域主権国家」への転換が述べられている。しかし、朝日新聞出版編『民力2009』が分類している826の都市圏区(東京23区を含む806都市圏及び20地区)や110のエリア(地方圏の107エリアと、東京、大阪、名古屋の大都市狭域エリア。以上17頁)を見ただけでも、暮らし、産業活動、文化、消費などを考慮した均衡のとれた地域社会の形成はそう簡単ではない。特にその財源問題は深刻だ。地方分権を口実にした国のお荷物仕事の地方への移譲、自治体が不必要だと考えても拒否できない法定受託事務、事務・事業移譲の受け皿を口実として進められてきた市町村合併による地域政治の混乱、三位一体改革による地方財政の逼迫、財源移譲による市町村格差の増幅など、見直すべき課題は多い。

 短絡的であってはいけないにしても、これらのことを民意に沿って改めて見直すための一つの手立てが、政治主導の政策決定システムの構築、政治と官僚の関係のあり方の見直し、併せて公務員制度改革であるように思う。民主党のマニフェストの目玉となっている国家戦略局の新設や政府に政治家100人を入れるというのは一つのアイデアではある。しかし、国家戦略局の役割や性格が不明確な上に、その他閣僚委員会、行政刷新会議が設置されるとすると政府の中に二重権力の発生や形を変えた縦割り行政の可能性などの危惧がある。早急に講ずべきは、構想されている各機関、委員会、政府に入ることとなる議員たちの役割、ルールの設定である。さらに重要なのは、優秀な職能集団、テクノクラートである人的資源をいかに活用するかである。その意味では、官僚を敵視する「脱官僚」であってはならない。必要なのは政策作りなどを官僚にまる投げする「官僚依存」からの脱却であろう。鳩山民主党代表が8月31日の記者会見で、「脱官僚というのは正確ではない。脱官僚依存と言うべきだ」と述べたと報道(讀賣9月2日)されているが、是非そうなることを願っている。

  もう一つは地方政治との関連だ。衆議院小選挙区が市町村中心に編成されていることから、各政党がいかに生き残るかは今後地域社会や地域政治との関連を抜きにしては語れない。政権与党となる民主党が、中央集権体制を「地域主権国家に転換する」と公約していることに加えて、すべての政党、とりわけ政権を失った自民党は、地域社会や地域政治から再起を図っていく戦略を当然とると考えられる。その意味では、今回の選挙結果は、これも逼塞感のある地域社会の再生、地方自治中心の政治・行政体制の確立のための好機到来ということができるかもしれない。

さとう ひでたけ・早稲田大学法学学術院教授)