地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』

2011年8月のコラム

「働く前の基礎知識」出前授業は盛況

  京都市下京年金事務所の近くにNPO法人「あったかサポート」の事務所がある。社会保険労務士や弁護士など専門家集団がつくるNPOだ。労働相談や年金相談などと、社会保障や中小企業の経営などに関する講座やセミナーを行なってきた。設立は2005年で、会員数は約200名。2010年の6月には本田由紀東京大学教授による「キャリア教育のあり方を問う」講演会を開き400名近い人たちが参加している。今年の1月には、湯浅誠さんの「パーソナルサポート事業の展望と課題」の講演会を臨時総会にあわせて開き、大阪などからも含め200名以上の参加者があった。この6月5日に開かれた、筒井美紀法政大学准教授と川口彰同志社大学教授による「もう一つのキャリア教育と就活」のシンポジウムには、学生や教師、大学職員など150名が参加している。

 このような活動のひとつとして、主に若者向けに「働く前の基礎知識」という小冊子を2009年1月に発行した。会員の社会保険労務士の分担執筆だ。「就職前には労働条件通知書の確認を」から「労使のトラブルが生じたときは」までの35問。給与明細書の見方、業務災害と労災保険、雇用保険が適用される労働者とは、解雇予告手当とはなに、など。これを大幅に増補改訂したその教科書版も昨年12月に阿吽社から発売している。

 一方で、高校や大学から呼ばれて(押しかけて?)、労働関連法規についての出前授業をぼつぼつ始めている。この小冊子は、その際の教科書としても編集されたものだ。講師は会員である社会保険労務士が手分けして工夫しながらやっている。ただしほとんどボランティアだ。

 この出前授業にあたって、受講する生徒や学生に事前にアンケートを取り始めた。2009年夏以降、1年のデータがある。大学が同志社大や、京都女子大、龍谷大など6校、高校が定時制高校を含む京都府立校や京都市立校9校、専門学校1校、合計で1,613人。それに高校の教員向けに2校、41人である。このアンケートから読み取れる若者事情をいくつか紹介したい。

 まず、労災保険について「知っている」のは学生が40.8%、高校生は21.1%で、学生で6割、高校生で8割が知らないとしている。雇用保険についても高校生の20.8%しか知らない。学生はそれでも38.6%が知っている。それにしても低い。他方では、高校生の31.7%がアルバイトをしているかその経験がある。学生になるとアルバイト経験は現在もしているのが77.5%、過去にしていた者が16.4%。つまり、多くの学生や高校生は、自らを守る労働関連法規を知らずに、無防備で働いていることになる。

 最も衝撃的なのは、「中高年や老後の生活に不安がある」若者が学生で72.6%、高校生で60.7%も居ることである。年金制度や雇用環境への不信がその底にあるのだろう。現代の若者は将来に向かってこのような不安を抱えて立っている。

 就活で問題になっている「自己責任論」はかなり根強く浸透している。「フリーターになるのは、甘えや努力不足が原因だと思う」と自己責任に帰するのは高校生の62.4%。学生になると減少するが、それでも50.1%がそう思っている。だからだろうか、知りたい知識のトップは「社会人としてのマナー」が学生で98.0%、高校生の94.7%としおらしい。

 そして「労災・雇用保険や年金・健康保険の基礎知識」は学生の95.8%、高校生の85.6%が知りたいとしている。「労働者の権利やそれをどのようにして護るか」についてもそれぞれ95.2%と81.9%が知りたいのだ。

 
若者たちが、自尊の心を持ち、自らの立ち位置を確認できるよう、基礎的で実践的な労働関連法規についての教育が必要なことは明らかだ。このような出前授業は、北海道や静岡のNPOや社会保険労務士会により15の道府県で行われている(2009年6月27日朝日新聞)。しかし、まだ極めて限られている。大学という教育現場での就活の内容としても、高校や中学の自治体の学校教育の中でも、限られた予算と権限の範囲から、できることを積み重ねていくことが必要だ。また中小企業経営者への普及、啓発も必須だ。そこから国や自治体の学校教育のカリキュラム全体を変えることを展望したい。

さわい まさる 奈良女子大学名誉教授)