地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』

2012年3月のコラム

最高裁、懲戒処分をめぐる「包括的裁量」を指弾

 本年1月16日、最高裁(第一小法廷)は、いわゆる「君が代不起立訴訟」判決において、公務員に対する懲戒処分のあり方につき、注目すべき判断を示している。

 本事案は、都教委の教育長が、入学・卒業式で国旗掲揚及び国歌の起立斉唱を義務付ける通達(平成15年10月23日付け。判決3頁)を出して以降、違反行為を繰り返した場合は量定を加重するという処分量定の方針に従い、職務命令違反者に対し、おおむね1回目は戒告、2回目は減給1か月間月額給与10分の1、3回目は減給6か月間月額給与10分の1、4回目は停職1か月としてきたとされ(同21頁)、本事案に係わる処分は①戒告処分168人、②減給10分の1(1か月。過去に1回処分歴)1人、③停職1か月1人(過去2年で3回の処分歴)、④停職3か月1人(不起立だけでなく国旗掲揚の妨害行為を行い、懲戒5回、戒告2回の処分歴)であり、これらの処分が争われた事件である。

 ところで国旗に向かっての起立、国歌の起立斉唱を命じた校長の職務命令違反に対して行われた懲戒処分の違憲・違法が争われた事案につき、最高裁はこれまで、職務命令は間接的には思想と良心の自由(憲法19条)の制約になり得るが、職務上命令に従って職務を遂行すべき公務員の立場や式典の円滑な進行を図る目的などから、許容できる必要性、合理性が認められるとして合憲と判断し、戒告等の懲戒処分や再雇用拒否処分の取消請求に対して処分の不利益の度合いを考慮することもなくいずれも退けてきた(最(二小)判平成23・5・30、最<一小>判平成23・6・6、最<三小>判平成23・6・14)。

 本事案の最高裁判決は、憲法19条との関係では、先行する最高裁判決の判断を踏襲しながらも、これまで曖昧であった懲戒処分の基準を明確にした点に特徴がある。

 「職務命令違反に対し、学校の規律や秩序の保持等の見地から重きに失しない範囲で懲戒処分をすることは、基本的には懲戒権者の裁量権の範囲内に属する」(判決文9頁)との初の判断を示し、1度の不起立行為であっても戒告処分は妥当としたものの、停職処分について「職務の停止及び給与の全額の不支給という直接の職務上及び給与上の不利益が及(ぶ)……」(同10頁)として戒告との不利益の差を指摘した上で、「戒告を越えてより重い減給以上の処分を選択することについては、……事案の性質等を踏まえた慎重な考慮が必要となる……。」(同9~10頁)と判示したからである。そして停職処分ができるのは規律や秩序を大きく害する行為で処分歴があるなど、処分による不利益と比べても、なお「当該処分を選択することの相当性を基礎付ける具体的な事情が認められる場合である……。」(同10頁)とし、過去の処分歴の回数を機械的に適用する処分は裁量権の範囲を逸脱し違法であるとした判断は注目に値する。この判断基準に従い、前掲①の戒告処分は適法、②の減給処分は取り消され、③の停職処分1か月は処分歴が2年で3回にとどまり式典の積極妨害もなかったとして取り消された。④の停職3か月の処分についは過去の処分歴、国旗をひきずり降ろすなどの積極妨害があったとして適法としたのである。

 公務員の分限・懲戒処分の可否及び量定は、任命権者の裁量と解され、処分事由の不存在や事実誤認等よほどの事由が無い限り、処分の取消が認められることはなかった。いわば「包括的な裁量」の承認である。この点は一部の論者からかつて死滅したはずの「特別権力関係論」的発想が装いを変えて再生していると指弾されてきたところであるが、本判決は、それに警鐘を鳴らすものでもある。

さとう ひでたけ 早稲田大学名誉教授)