地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』

2013年1月のコラム

公務員制度改革をめぐる二つの懸念

 衆議院選挙後の政治構造の激変は、あらゆる分野に大きな影響や懸念をもたらしつつある。小生の研究分野の一つである公務員制度改革の領域においてもいくつかの懸念が浮上してくる。さしあたり二つある。自律的労使関係制度導入問題と公務員の政治活動規制問題である。

 まず、歴史的な制度改正と期待された国家公務員制度への自律的労使関係制度の導入問題の行く末についてである。この制度を盛り込んだ国家公務員制度改革関連四法案は、国会審議の半ばで衆議院が解散されて廃案となり、さらにその後の政権交代、政治勢力の構造変化もあって、その成立が見通せなくなったからである。この制度の導入のねらいは、公務サービスの提供を担う労使双方が、これまでのように第三者機関の勧告など「お仕着せ」型のシステムに基づく「他律的」な労働条件の決定を行うのではなく、財源が血税によるものであることを念頭におきつつ、民間の労働市場の推移などを考慮しながら、それぞれの公務労働にふさわしい労働条件のあり方について自律的に協議するシステムを構築することにある。そしてこの制度を通じて労使双方が、閉鎖的で独善的になりがちな公務部門の垣根を低くして外部との風通しをよくすることにより、公務労働の現場を活性化させ、国民のために寄与し得る公務労働のあり方を模索するためのものでもある。

 たしかにこの四法案は、民主党内閣が閣議決定し国会へ提出したものである。しかし、公務員の労使関係制度のあり方問題は、かつての自公連立政権時代からの長年の懸案であり、幾多の検討機関による審議、さらには政労協議など苦難の道のりを乗り越えてようやく成案を得てきたものであった。その端緒は、行政改革推進法(「簡素で効率的な政府を実現するための行政改革の推進に関する法律」平成18年法律47号)の制定、そして同法に基づいて設置された行政改革推進本部専門調査会(佐々木毅座長)の報告「公務員の労働基本権のあり方について」(2007年10月19日)などにまで遡る。同報告は、改革の方向として、改革に伴うコスト等に留意しながら「慎重に決断する」との留保を付した上で、「労使関係の自律性の確立」に向けて、一定範囲の非現業公務員に協約締結権を付与するとともに、第三者機関の勧告制度を廃止するとしていたが、安倍第1次内閣が2007年7月24日に発足させた「公務員制度の総合的な改革に関する懇談会」(岡村正座長、堺屋太一座長代理)が、福田内閣時代の2008年2月5日に公表した報告書において、前記専門調査会報告の方向性(「労使関係の自律性の確立」)を尊重するとのお墨付きを与えたからである。そして懇談会報告を受けて人事管理の改革を中心にした「国家公務員制度改革基本法」(平成20年法律68号)の審議過程で与党と民主党の間で労働基本権について「検討する」となっていた原案を「自律的労使関係を措置する」と修正する合意が成立(2008年5月27日)した経緯があり、この制度の導入は政治レベルではすでに決着済みであったし、広く国民への「確約」となっていたとも考えられる。しかし、衆議院選挙後の第三極勢力の伸張などによる政治勢力の構図の変化は、このような経緯さえも覆すものとなるのであろうか。

 もう一つの懸念は、組合活動や政治活動など公務員の市民的権利の制限が政治課題として浮上する可能性への懸念である。このことを主張してきた政党や政治勢力が大きく政治的版図を拡大したからである。

 このことと関連して1ヶ月前に下された国家公務員の政治活動をめぐる最高裁(第二小)平成24年12月7日判決は、偶然とは言え時宜を得た判決であった。国家公務員の政治活動は、国家公務員法102条及び同条の委任に基づく人事院規則14-7(政治的行為)により詳細に定められており、これに該当すれば一律に刑事罰の対象となると解されてきたことから、広範な政治活動の制限、政治的行為の人事院規則への「白紙的」委任、違反者への刑事罰の適用などをめぐって、憲法適合性(とくに言論表現の自由との関連)について厳しい批判に晒されてきたところである。しかし、40年近くそれを合憲とする先例となっていたのが猿払事件最高裁(大)昭和49年11月6日判決であった。

 ところが今回の最高裁判決は、国家公務員法が禁じている政治的行為に該当し刑事罰の対象となり得るかが問われた二つの事案について、猿払事件最高裁判決の基本は維持しながらも刑事罰の対象となる政治的行為を限定的に解釈し、一人を無罪とする初めての判断を下したのである。すなわち、公務員の政治活動に対する刑事罰の適用が許されるのは、「公務員の職務遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められる政治的行為」に限られるとし、その判断は「当該公務員の地位、その職務の内容や権限等、……諸般の事情を総合して」(以上判決文4~5頁)行うのが相当であると判示したからである。

 
それ故、公務員であるが故に一律に政治的活動が禁止され刑事罰の対象となるとの解釈は取りえなくなったのである。あくまでもそれが職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるかどうかによるのである。1票の格差問題が違憲状態と司法から糾弾されながら長らく放置されてきた例を引き合いに出すまでもなく、政治は、司法に対し、いま少し敬意を払うべきである。

さとう ひでたけ 早稲田大学名誉教授)