地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』

2014年6月のコラム

官邸主導の幹部人事と幹部候補養成過程の公開

 あるべき公務員像や幹部公務員の人事のあり方、現在国会で争点となっている「集団的自衛権」論などを巡って議論してみたかった一人の官僚がいた。2003年イラクで井ノ上正盛さん(殉職後1等書記官)とともに兇弾に倒れた故奥克彦君(当時参事官、殉職後大使)である。奥君は、戦乱のイラクを駆け巡りながら日本がイラクの復興のために何ができるかを模索し続け、インフラ整備や子供たちのための学校、病院の再建などの人道支援こそが平和国日本にふさわしいと考えていた(奥著「イラク便り ―復興人道支援221日の全記録」産経新聞社。イラクでの彼の奮闘ぶりについては、岡本行夫<小泉総理時代の総理補佐官>著「砂漠の戦争 ― イラクを駆け抜けた友、奥克彦へ」)。小泉総理は弔辞の中で彼の「イラク復興にかける強い使命感と情熱に心うたれます。……余人をもって代え難い活躍をされてきました。」(前掲奥著6頁)と述べていた。また、殉職10周忌追悼ラグビー試合が行われた際に讀賣新聞の「編集手帳」氏は、「当時、彼ほどイラクの隅々まで駆け回り、人脈を築いた外国人はいない」との外務省同僚の証言を紹介し、「奥氏のフットワークを支えていたのは、外交官としての使命感と情熱だろう」と書いている(‘13・3・3)。

 それと言うのも5月30日中央府省庁の幹部人事を一元的に管理する内閣人事局が発足し、首相官邸が主導して適材適所で戦略的な幹部人事を行うことができる体制が構築されたことと関連する。安倍内閣がこの夏行う幹部人事について、いかなる基準でどんな人材を配置するのか思い巡らすうちに、「奥君みたいな人物は当然幹部候補者名簿に登載されたであろうな」との思いと、「事務官僚組織の中でこのような型破りな現場主義者は受け入れられないのではないか」との思いが錯綜したが、だからこそ官邸主導の幹部人事が重要なのだと思い至ったからである。また、幹部人事の重要さと同時に、まずいかなる人物を採用し、若手官僚時代にいかなる経験を積ませて幹部候補に育てていくかの問題も忘れてはならないとの思いとも関連する。

 安倍総理は新人官僚の合同初任研修の開講式で「現場に足を運べ。世界に目を向けろ。そしてチャレンジを続けよ。省庁の視点ではなく国家全体の視点で見る真の国家公務員の意識を持て」と訓示したと報道されている(讀賣‘14・4・2夕刊)。安倍総理はあるべき公務員像を語り、奥君は公務員のあるべき姿を自ら体現しようとしていたと思う。

 このことと関連して注目したいのは、今回の制度改正と同時に採用試験に関する政令が公布され、全ての職種にわたる採用に当たっての「公務員像」が示されたことである。①歴史、文化を始め人文・社会・自然科学の幅広い分野の基礎的な知識に加えて、②課題に根気よく取り組み、正確かつ迅速に処理し、結果を説明できる能力、③公共の利益のために勤務することについての明確な自覚と多角的な視点などが掲げられている。採用に当たり、目指すべき公務員像を示すことは重要不可欠だと思う。しかし、このような公務員像を描いて公務員となった若者が、生涯その志を維持し幹部候補にまで上りつめることはなかなか難しい。日常業務に忙殺され組織の中に埋没してその志を失ってしまう例も多いとの指摘もある。問題はむしろいかなる形で優秀な若手官僚たちがスポイルされてその志を失っていくのかである。組織の問題なのか、育て方なのか、指導する立場にある幹部職員の問題なのか併せて検討しておく必要がある。

 特定の個人の例をあげて恐縮であるが、奥君の公開されている経歴をみると、彼はスポーツで鍛えた体力・精神力に加えて、多様かつ豊富な職務経験を経ている。外務省入省後、国際連合局、オックスフォード大での研修(同大ラグビー部で日本人初の正選手)、南西アジア課、安全保障政策室、在イラン、在米及び在英大使館、本省の会計課、在外公館課首席事務官、日米協力推進室兼アジア欧州協力室長、国際経済第一課長、国連政策課長等の要職を歴任しているからである(前掲奥著参照)。外務省の幹部養成システムについては寡聞にして知らない。しかし、多様な仕事を与え、文化の違う現地を経験させるなど、仕事と現場が官僚を育てるものであることをうかがい知ることはできる。他の府省庁でも同様の幹部養成システムを講じていよう。官邸主導の幹部人事を行う際に、これまでの各府省庁の幹部候補者たちの育て方を国民にもっと広く紹介し、国民の理解を得ておく必要がある。幹部人事は時の政府のためだけに行われるものではなく国民のために行うものであるからである。

 

さとう ひでたけ 早稲田大学名誉教授)