地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』

2016年3月のコラム

「主権者教育」をめぐって

 夏におこなわれる参議院議員通常選挙を機に、公職選挙法に基づく一連の選挙での選挙権年齢が「18歳以上」へと引き下げられるとあって、このところマスメディアでは、「主権者教育」にかんする話題がしばしば取り上げられる。どれほどの効果があるものなのか、テレビの映像では模擬選挙の試みなどがくりかえし報じられたりもしている。しかしその一方で、後期中等教育としての高校教育にまで「政治的中立性」の確保を徹底させようとする動きが表面化し、それを受けて高校生を主たる対象とする「主権者教育」の現場では、その担当教員たちに思わぬ波紋が生じているらしい。
 昨年の第189国会で成立した公職選挙法改正にあたって、その法案の提案理由の中で、「年齢満18年以上満20年未満の者が国政選挙に参加することができること等とするとともに……」といった表現がとられたのを見て、なぜ「国政選挙」だけをそこに挙げるのかと、首を傾げたことを思い出す。海区漁業調整委員会委員や農業委員会委員についてはともかく、一般に「地方選挙」と概括される地方自治体の首長および議会議員の選挙くらいはそこに並記してもよいのではないかと、とっさに感じたからである。
 しかしそのことよりも、それ以前から総務省が先頭に立って「主権者教育」の旗を振り、「主権者教育のための成人用参加型学習教材」をネットで提供していることが気になっていた。総務省はそれなりの準備をして「主権者教育」の定義づけをしているらしいが、地方選挙のことを視野に入れて考えるとき、「主権者教育」という場合の「主権者」の捉え方が、国政選挙と地方選挙でまったく同一なのかどうか、公職選挙法の制度的拘束がかからない、自治体条例に基づく住民投票などの場合はどうなのか。話を選挙のことに限らず、自治体がおこなっている行政サービスに広げるならば、その対象は当該自治体の住民以外の人びとに及ぶこともあるが、「主権者教育」の観点からは、それらの人びとはあっさりとらち外に追いやられてしまうのかどうなのか。このようにいくつもの疑問が生じる。
 「主権者教育」なる用語が総務省内でどこまで認知され、省内で確立されているか否かについて、私は詳しくは知らない。総務省ホームページの「選挙」にかんするサイトには、平成24年度と平成25年度の作成にかかる上記の「参加型学習教材」が、その作成者ごとに掲載されている。ところが、それとは別に、昨年の公職選挙法改正をうけて、総務省と文部科学省が連携して高校生向けの副教材「私たちが拓く日本の未来:有権者として求められる力を身に付けるために」およびそれを活用するための教師用副教材を作成したようで、その双方が文部科学省ホームページに掲載されているのだ。
 しかも面白いことに、公表された2つの文書のうち教師用の「活用のための指導資料」を見ると、「はじめに」のページが別々に2ページにわたって設けられているではないか。ひとつは総務省(自治行政局選挙部)の挨拶文、もうひとつが文部科学省(初等中等教育局)の挨拶文である。そして「主権者教育」の用語は一方の総務省挨拶文の最後に登場する。すなわち、「主権者としての自覚を促し、必要な知識と判断力の習熟を進める教育が充実したものとなるよう…(中略)…学校における主権者教育のお役に立つことができれば幸いです」と記されているのみである。
 つい先ごろまで、大学の新入生に向かって、「最も洗練された市民になってほしい」と述べてきた私自身にとって、「主権者教育」の主張それ自体は、実のところ、我が意を得たりと思うところもある。だがそれにしても、「18歳選挙権」問題に特化した昨今の取り上げ方には眉をひそめざるをえない。

 

いまむら つなお 中央大学名誉教授)