地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』

2018年2月のコラム

「日本語人」の政策文書


辻山 幸宣

 井上良一『「日本語人」のまなざし―末路の時代の経済・社会を観る』(社会評論社)をご恵贈いただき、ようやく開いてみる時間ができた。読み進めるうち、気になることが頭をよぎって何度か中断した。それはこの書のタイトルにある「日本語人」ということを巡ってである。著者の井上氏は言う「日本人の定義は一般的には国籍を持っているかどうかということになりますが、これとは別に、いまここでは、日本語を母国語とする人を、私は日本人として定義をすることにしています」。「この日本語のもつ特性について1つの仮説を設定し、そこから現代日本社会の構造分析に至る推論を進めよう」(序章)という試みだという。
 では、私の頭をよぎって読み進めることを邪魔するものは何か、それは近年の政策文書にみられる「日本語」の姿である。カタカナ文字の氾濫、あたかも外国文献の紹介記事のように多用されるアルファベット頭文字の数々、比較政治学の論文とも見紛えるカテゴリーの使用。このような言語作法でいったい何が強調され、なにが隠ぺいされるのかよくわからない。日本語では書けない理由があるのだろうか。
 まだ記憶に新しい、そして人の口から遠ざかった「まち・ひと・しごと創生総合戦略」(2014・12・27閣議決定)の文書を最初から流し読んでみる。まず6頁には「効果検証の仕組みを伴わないバラマキ型の施策は採用せず、明確なPDCAメカニズムの下に、短期・中期の具体的な数値目標を設定し……」とあり、これには注が打ってあるので、それを読めばわかる。7頁には「アウトカム指標を原則とした重要業績評価指標(KPI)で検証し、改善する仕組み(PDCAサイクル)」とある。それぞれ注が打ってあるが、KPIの注「Key Performance Indicator の略。政策ごとの達成すべき成果目標として、「『日本再興戦略』改訂2014」(平成26年6月24日閣議決定)でも設定されている」とあるが分かりにくい。たとえば同戦略(雇用制度改革・人材力の強化)にはこうある。
(1) KPIの主な進捗状況
  《KPI》「失業期間6ヶ月以上の者の数を今後5年間で2割減少」(2012年:151万人)
       ⇒2013年:142万人
  《KPI》「転職入職率(パートタイムを除く一般労働者)を今後5年間で9%」(2011年:7.4%)
       ⇒2012年:7.7%
 これで国民にKPIの意味を理解せよというのだろうか。
 8頁には「意欲ある各府省庁の職員を相談窓口として選任する『地方創生コンシェルジュ制度』」があって次のような注が付されている。「コンシェルジュとは、ホテルで宿泊客の様々な相談に応える係のことから広がり、客が何でも相談できる窓口を設け、対応する者を称している」。「関係府省庁に相談窓口を設置する」で事足りるのではないか。また17頁には「ニッチトップ企業(以下「NT企業」という)」、「グローバルニッチトップ企業(以下「GNT企業」という)」があるが恥ずかしながらわからない。
 24頁以下の「農林水産業の成長産業化」の項には「需要フロンティア」、「バリューチェーン」、「CLT」(Cross Laminated Timber)、「A-FIVE」(Agriculture, forestry and fisheries Fund corporation for Innovation, Value-chain and Expansion Japan)、「HACCP」(Hazard Analysis and Critical Control Point)が登場する。また「観光地域づくり」の項では、お馴染みの「日本版DMO」(Destination Management/Marketing Organization)や「CIQ」(customs, immigration and quarantine)がでてくるが、CIQに税関・出入国管理・検疫の語が当てられるようにDMOにも適当な日本語はないだろうか。
 最近ではエリアマネジメントの議論が盛んでBID、TIDが多用されている。地域再生法改正案では「地域再生エリアマネジメント負担金制度」を創設して、市町村が地域再生に資するエリアマネジメント活動に要する費用を、受益者から徴収し、エリアマネジメント団体に交付することとしている。
 この国は、どこへ行こうとしているのか、それを構想し議論するのは「日本語人」には無理だということか。

 

(つじやま たかのぶ 公益財団法人地方自治総合研究所所長)