地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』

2020年7月のコラム

個別指導学院? ― 行政ドックのご利益 ―

 大教室授業と個別指導とでは、どちらが効果的か。「受講者による」というのが、正解だろう。教室全体に対して講師が話す内容を「自分に引き付けて」考えることができる学生であれば、大教室授業で十分である。しかし、カスタマイズした内容でないと「響かない」学生であれば、個人授業でないと効果は出ないかもしれない。
 自治体職員に対して「政策法務」という科目の研修をしているが、何コマであったとしても、行政手続法には触れるようにしている。質問をしてみて驚くのは、入庁以来、行政手続法について研修を受けた経験がない受講生の割合が高い実情である。自治体職員でいるかぎり部署にかかわらず影のようについてまわる法律であるにもかかわらず、「あれは総務のどこかの課の所管」という認識を持っている受講生も少なくない。
 私が「行政ドック」を提唱した背景には、このような行政現場実態を知ったことがある。行政ドックとは、事務事業の運用をあるモノサシを使って評価しようという評価法務のひとつの手法である。モノサシはいろいろありうるが、行政手続法は有用である。この取組みは、行政手続法へのコンプライアンスを向上させるとともに、適法な裁量権行使をもチェックする機能を持っている。私の提唱に呼応して本格実施しているのは、流山市、那須塩原市、豊田市である。静岡市は、数年の実施を経て一応の効果が得られたとして、現在はやっていない。
 これらの市に、診査員としてお付き合いをしていると、様々な気づきがある。申請に対する処分を対象に診査をしたときに必ずといってよいほど確認されるのは、行政手続法5条1項が作成を義務づける審査基準に対する理解の低さである。法令の条文をもってそれと整理している原課は極めて多い。同法2条8号ロによれば、それは、「申請により求められた許認可等をするかどうかをその法令の定めに従って判断するために必要とされる基準」である。同法5条3項はそれを公にすることを義務づけるが、法令そのものであれば公開されているのでその必要はない。法令を解釈して適用するにあたって使用している「手持ち基準」であるという認識がない原課が多い。かりに法令に規定される基準が十分に明確であり、「その向こうに何もない」のであれば、審査基準を定める必要はない。しかし、そうした事例は稀であろう。
 申請書に添付する書類について疑義を感じる場合も多い。提出を義務づけるためには、基本的には、法令でそれが指定されていることが必要である。そうでなくても、申請を審査するために不可欠のものでなければならない。要するに、法令のどこかの部分に対応するものでなければならないのである。紐づけができなければならないのであって、それができないかぎりは、行政指導で求めているにすぎない。「この文書の提出がないと不許可処分にするのか」と問うと、「然り」という回答がある場合もある。それでは法令のどの部分との関係でそういえるのかと追いかけると、沈黙になることも少なくない。
 教示が適切にされていない例も多い。附款をつけての許可の場合、「許可しているからいいではないか」という認識からか、付されない傾向がある。行政不服審査法2014年改正を反映せず、「60日以内に異議申立てができる」という記載そのままの様式を放置している例もよくみる。
 診査対象となっているのは、処分をする原課であるが、実は行政ドックの事務局となっている法務関係課が診査される結果となっている点が面白い。というのも、行政手続法の制度趣旨の理解がされていない実情が、まさに目の当たりに明らかにされるからである。訴えられると明らかに違法と判断されるような内容が記された文書や運用を、その認識もなく提示してくる原課職員に対して、事務局職員の顔が引きつっているようにみえることもある。
 「これは違法ですから次の事案から修正してください」「年度末に規則改正をしてください」とお願いする。多人数の研修では「他人事」であるが、行政ドックでは「自分事」となる。原課も事務局も診査員もしんどいが、ご利益は多い。

 

(きたむら よしのぶ 上智大学法学部教授)