月刊『自治総研』
2021年4月のコラム
人権論と分権論 憲法学の門前にて |
|
憲法学は第1次分権改革後の地方自治について、どのような議論をしているのか。この点を調べてみようと思い、2000年以降に出版された憲法テキスト20冊ほどを親しい憲法学研究者に推薦してもらった。それぞれの第8章部分のコピーが目の前にあるが、それを読み始める前に、「こういうことについて議論がされていればおもしろいかも」というポイントをいくつかあげてみたい。ピントがずれているかもしれないが、行政法学研究者としての期待である。 第1は、日本の国家制度についてである。立憲国家、民主国家、単一国家、自由国家などと特徴づけられている。第8章「地方自治」があり、第1次分権改革は同章の「復権」ともいわれていることからすれば、「地方自治国家」というような整理はされているのだろうか。あるいは、第8章部分ではなく、テキストの最初のほうにある統治機構の部分で調べるべきかもしれない。 第2は、人権保障における国と自治体の関係である。機関委任事務という「国の事務」のもとでは、大臣という上級行政庁と自治体の長という下級行政庁の関係はあるものの、「行政は1つ」ということもできた。現在は、それが自治体の事務となっているために、「国のほかに自治体の数だけ行政がある」といえる。自治体事務併存型法律の場合、国と自治体の両者があいまって人権保障の責任を負っているのであるが、「人権保障の一翼を担っている自治体」という捉え方がされているのだろうか。政治学や行政学では当然の理解であると思われる、「国家=国+自治体」という認識は、果たして明記されているのだろうか。 第3は、人権保障の質である。地方自治の本旨のもとで自治体の自己決定が重視されるが、結果として、人権侵害のおそれも高まる。地域特性を踏まえた「公共の福祉」をどのように考えればよいのだろうか。憲法94条が条例制定権を認めている以上、人権制約の程度が自治体ごとに異なることは当然であるとしても、自己決定なら何でもできるわけでもない。自治体の立法・行政能力の事情は、どのように考慮されるのだろうか。居住移転の自由があることを踏まえれば、この点に差がある自治体にとどまる住民は、「セカンドクラスの人権保障」をも選択したと整理できるのだろうか。 第4は、条例についてである。機関委任事務の廃止と自治体の事務化によって、条例制定権の範囲は拡大した。かつては条例制定権の事項的範囲外であった(旧)機関委任事務に関して条例制定が可能になっているが、そこにおける「法律の範囲内で」という文言は、どのように解釈されるのだろうか。著名な徳島市公安条例事件最高裁判決において問題となった条例は、法律にもとづく事務からは独立した規制をするものであった。事案を異にするため、(旧)機関委任事務の内容を地域特性に応じて修正するような条例には射程が及ばない。新たな条例論については、どのように考えればよいのだろうか。独立条例と法律実施条例を区別した解説はあるだろうか。 第1次分権改革については、明治維新、戦後改革と並ぶ「第3の改革」という位置づけもされる。相当のパラダイム転換が発生したのであるから、憲法理論への影響がないはずがない。人権保障に自治体が大きくかかわることに鑑みれば、憲法テキストの中核をなす人権論は、分権論と不即不離の関係にあるはずである。要するに、第8章の解説部分に、「自治体による人権保障」という視点はあるだろうか。 行政法学の側で考えるべき問題かもしれず、あるいは、行政法学的なバイアスがかかった問題意識かもしれない。いずれにせよ、憲法学的な整理を通しての発見は多いと思う。さて、コピーの束にとりかかることにしよう。
|
|
(きたむら よしのぶ 上智大学大学院法学研究科長)
|
|