地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』

2021年8月のコラム

「標準化」と自治

 第36回自治総研セミナーは、9月18日(土)に、「自治から考える『自治体DX』―『標準化』『共通化』を中心に」をテーマに開催する。内容や参加方法などは本誌に同封してあるチラシか自治総研ウェブサイトをご参照願いたい。
 ずっと気になっていた松下圭一の言葉がある。『月刊自治研』第600号(2009年9月号)に掲載された「市民が自治体をつくる」の一節である。ここで松下は、1962年を最後に自治労が主催する自治研集会から離れていった理由を次のように語っている。
 「自治研全体の雰囲気はコピー機導入ショックで『合理化反対闘争』に傾いていた。
 当時、自治体の戸籍窓口には手書きと読み合わせというかたちで、戸籍一通に二人がかり、とくに月曜の午前は大増員していました。このコピー機を導入すれば、人手はかなりいらなくなるため、『合理化断固反対』に自治研は流れていく。
 私はこのコピー機は、将来子どもも使えるようになり、また自治体職員の仕事は高度な福祉、建設などで増えるため、配転のみで職員減にはならないと考えていました。この後向きの議論を見て、私は自治研から静かに去ることにしました」
 私が自治体職員になったころには、まだ1960年代から続く「反合理化闘争」の火が残っていた。だからこの松下の発言は電算機導入反対闘争に連なる問題を指しているのだとすっかり思い込んでいた。
 今回、自治総研セミナーで自治体DX(デジタル・トランスフォーメーション)をテーマとするにあたり、当時のことを調べてみたら(『法学志林』119巻2号(9月刊行予定)所収の拙稿参照)、完全に誤解していたことがわかった。松下の言うコピー機とは、現在、どの職場にも入っている複写機のことではなく、その前段階に使用されていた「コピア」とか「リコピー」という商品名で呼ばれていたものだった。俗に言う「青焼き」で、日光写真と同じ原理により、薄紙の原紙と印画紙を重ね、光をあててから、印画紙を現像液の中に通して文字をあぶりだす機械である(65歳以下の人には理解してもらえないかもしれない)。
 松下が言っている「戸籍一通に二人がかり」というのは、戸籍謄抄本の請求があったときに、原本から書き写す作業のことだった。私は婚姻などで新しく戸籍を編製する作業のことだと誤読していた。松下の話がうまく理解できなかったのはそこだった。確かに、コピー機が普及する前、戸籍謄抄本の請求があったら、一通ずつ書き写さなければならなかったはずだ。私も出張所の窓口を経験しているから、それがどれほど大変な作業か、想像を絶する。
 今年5月に成立したデジタル関連一括法で、自治体には大きく二つの「標準化」が義務化された。一つは基幹17業務の自治体システムの標準化であり、もう一つは個人情報保護制度の標準化である。直感的には「標準化」と自治とは逆立するように思う。それは「標準化」が「近代化」の一環でもあるからだ。しかし一方で私たちは「近代化」を否定できるのか。松下の言うようにそれはできまい。もしそうだとすると、私たちは「近代化」の延長上に構想できる自治観や自治体像を描かなくてはならない。それが市民自治論であり、政府間関係論だったはずだが、残念ながら、現在の状況を考えると「近代化」を前提とする自治は「標準化」に飲み込まれてしまいそうだ。セミナーではこの隘路からの脱出を見出すための議論をしたいと考えている。
 もう一つわかったことがある。当時の資料をひっくり返すと、コピー機が導入され始めたのは1956年ごろのようだ。松下が自治研集会に関わったのは1961年と翌年であり、ここに5年程度のギャップがある。ひょっとしたら松下が自治研集会から離れる理由はもっと別にあったのではないか。今となっては聞き出すこともできないが……。

 

いまい あきら 公益財団法人地方自治総合研究所主任研究員)