地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』

2021年10月のコラム

地方自治国家ニッポン  憲法92条の現在的定位

 日本国憲法は、連邦制を採用していない。しかし、地方自治制を採用している。
 このような視点で、憲法テキストの「国家の形態」のあたりを読んでいる。ところが、行政学テキストではされているこうした整理には出くわさない。以下、やや妄想気味に。
 憲法が第8章に「地方自治」を規定したことで、いくつかの内容が明確になった。そのひとつは、この国を中央政府だけの「単一制国家」としないという点である。また、「連邦制国家」ともしないという点である。
 大日本帝国憲法のもとでも、市制町村制にもとづく地方制度は存在していた。ところが、これは、きわめて政策的な観点から定められたものであり、必然的に中央集権的色彩を強く帯びていた。現行憲法が第8章という独立の章を設け、地方自治を法律事項から憲法事項に引き上げたのは、戦後改革の大きな柱のひとつである。
 「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。」という憲法92条は、法規範性を有する規定なのだろうか。中央政府は、これをプログラム規定と解しているようである。
 そう考えるのにも理由はある。1947年に憲法が施行されたとき、敗戦の深い傷は、全国に拡がっていた。「地方自治」どころではない。何よりも国民の生活が第一であり、そのためには、それを実現する政策が最優先された。この際、明治憲法時代から慣れ親しんだ機関委任事務制度を用いてこれを実施し、その結果として住民たる国民の福祉の向上も可能になると整理するのであれば、たしかにそれは、「悪くはない仕組み」であった。
 しかし、地方自治の本旨に照らせば、機関委任事務制度はいかにも不適切であり、憲法違反の疑いがあった。それを合憲的に存在させるには、「ある種の整理」が必要になる。それは何だろうか。
 私は、憲法103条の後ろに、いわば「不文の附則」があり、そこには、「92条の法規範性は当分の間、発生しない。」とするのが制憲議会の意思ではなかったかと考える。その結果、個別法の範囲内で自治が認められる。
 もちろん、「当分の間」には、終期がある。現在における法制度的整理としては、2000年3月31日をもってそれとしたい。本来は、もっと早くにしたかったが、第1次分権改革は、ちょうどいい区切りである。憲法条文の法規範力は、社会の変化とともに「覚醒」する。かつて合憲とされた個別規定が後に違憲とされることがあるが(例:刑法旧200条の尊属殺人)、それぞれがその時期であった。
 ところが、分権改革後も、中央政府は、それ以前の「慣性」に毒され、憲法92条を「エンジン全開」にさせないままでいる。中央政府が組織する審議会や内閣提出法案は、この発想の枠組みのもとで運営・作成される。時代錯誤もいいところであるが、相当の外力が作用しないかぎりは、慣性は継続する。
 しかし、自治体は、それにお付き合いする必要はない。法規範力の強さは別にして、分権改革後の現在、憲法92条は、たんなる「目標」なのではない。同条を具体化した地方自治法1条の2、2条11~13項を踏まえて現行法をみれば、自治体の自己決定を不合理に制約している仕組みや規定が多くある。
 それらをいわば合憲的に解釈し、場合によっては地域特性に応じた対応を可能にすべく条例により修正をして、自治体域内の住民・事業者に適用する。これが、地方自治制を採用する現行憲法のもとでの現在の自治体の責務である。憲法92条は、自治体にそれを命じている。基本的人権は、国と自治体の協働で保障される。自治体が決めるべき部分についてそうなっていないのであれば、自治体はその決定をしなければならない。
 中央政府は、憲法92条の現在的定位に早く目覚めてほしい。そして、それを踏まえて、分権改革以前の諸制度を改革してほしい。それも、憲法の命令である。国はよりスリムになり、激動の国際関係のなかで、この国の進路を誤らせないような仕事に集中してもらいたい。

 

きたむら よしのぶ 上智大学大学院法学研究科長)