地方自治総合研究所

MENU
月刊『自治総研』

2021年12月のコラム

小経済学


菅原 敏夫

 この歳になって、現実に起こっている経済の問題に、適用すべき経済理論が見つからず、経済政策に迷うことになるとは。かれこれ一年半、迷って探し続けている。きっかけは「特別定額給付金」である。給付金の経済学とは何なのか。
 昨年4月20日、政府は与党内での折衝の末、特別定額給付金一人10万円の給付を閣議決定した。当初の自民党案は、収入が著しく減少し、厳しい状況にある家庭に限って1世帯あたり30万円を給付するというものであり、取りまとめにあたったのは岸田文雄当時の政調会長だった。自民党案は取り下げ、一度閣議決定した補正予算案を変更するという前代未聞の事態となった。
 今年11月19日、政府は18歳以下の子どもへの10万円相当(現金5万円、クーポン5万円)の給付を含む経済対策を閣議決定した。今回岸田は首相。年齢制限、年収960万円制限、給付現金額の制限と思いっきり対象を選別、これとは別の10万円給付も住民税非課税世帯向けと対象を絞った。この案で公明党を押し切り、岸田首相はリベンジを果たした。
 選別主義に復帰したにもかかわらず、この経済対策の評判は散々のようだ。この閣議決定の前日午後、東京株式市場に政府経済対策の概要が伝わると、市場は急反発、過去最大の規模に反応したのだが、内容が給付金主軸だとわかるにつれて値を消し、終値は前日を下回った。閣議決定の内容を報じる20日の各紙朝刊の論調が厳しかったのは言うまでもない。読売新聞でさえ、「事実上のバラマキ政策だ」と社説で論じた。
 確かに最近は「反緊縮」経済学同盟が形成されていて、現金給付の経済学が最上の経済政策として称揚されつつある。頼もしい、大変参考になった。でも、ベーシックインカムの第一段階だから正しいとか、MMTだから大丈夫とか、結論が論証に取って代わられているようで得心がいかない。
 ここではヒントくらいまでしか行き着かない。一つ目。「特別定額給付金」のことを「現金給付」と呼び習わしている。なぜだろう。去年の給付金、現金で受け取った人はごくごく稀だと思う。指定の口座に数字が書き込まれた。実態は国債発行の借用書の一部を、DX時代よろしくデジタル化して給付してしまったことに、問題の本質があるのではないか。それならば、本当に「現金」を給付してしまえば、財政健全化を損なうことなく、国には貨幣発行益(500円玉でも原価20円弱だろう)、住民にはなんにでも使える全国共通商品券が行き渡る。
 折よく新500円玉発行記念として給付すれば、あまり申し訳なく思わずに使えるのではないか。毎月一人当たり、500円玉200枚(=10万円)がゆうパックで届けられる。重さは1420g。ちょっと重いかもしれないが、実用を損ねるほどのことはない。ただ、法律で、一度に20枚以上は受け取りを拒否することができるので(通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律)、1万円以上の買い物は要注意だ。銀行の窓口で、硬貨での預入は手数料を取るところが多い。毎月こまめに入金して紙幣で引き出し、マネーロンダリングに努めよう。
 真面目に考えているのか、ですって。二つ目は真面目だ。ここ30年間実質賃金は上昇しないばかりか、30年前を下回った。労働1単位あたりの価値が減価しているのだ。貨幣の減価をインフレというので、労働者の目から見たら、とんでもないインフレが起こっていることになる。それなのに、アベノミクスはインフレを促進し、消費税を引き上げ、労働者の生活を苦しめている。今すぐやめさせ、回復するためには、結局、全員一律に現金給付をする以外手がないことに気づく。同時に、鉄壁の歴史的真実を思い出す必要がある。賃金率を引き上げるためには、労働力市場で、売り手(労働者)側が交渉力を手に入れる必要がある。労働組合は歴史的にそのために存在している。AIが仕事を奪うというのなら、現代のラッダイト運動(打ちこわし)が必要となるだろう(何を壊せばよいのか)。一律給付はどう働くだろうか。
 三つ目。コロナ禍にもかかわらず、生活保護の被保護者調査によれば、受給者数は減少している。被保護実人員は対前年同月比0.6%減(最新の統計は8月分。11月10日発表)。ただ保護の申請件数は対前年同月比10.0%増なので、水際作戦で追い返しているという可能性を棄却できない。しかし、生活保護行政の役割を下げ、スティグマから少しでも自由な空間を広げるために活用できる余地があるように思える。

 

(すがわら としお 元公益財団法人地方自治総合研究所研究員)