市民にとっての広い意味での分権と自治の視点に立ち、2021年10月末に行われた総選挙から、ある小選挙区での候補者選びの過程を観察対象に取り上げて論じたい。
まずタイトルにある「『M+1』の法則」の説明である。政治学者M.デュヴェルジェは、選挙制度が小選挙区制である場合、有力政党の数や各選挙区での有力候補者の数が2に近づくとした。その指摘をS.リードが戦後日本で長らく実施されていた中選挙区制に応用し、選挙区での候補者数は定数Magnitudeプラス1で均衡するとして定式化したのが「M+1」の法則である(S.R.リード(2000)「中選挙区制における均衡状態」『選挙研究』15巻。英学術誌で1990年に初めてアイデアを公表したときは「n+1」と呼んでいる)。
日本の選挙制度は国政選挙だけとってもバラエティに富んでいるから、衆議院選挙が小選挙区制本位のしくみになっていても有力政党数は2で均衡しない。しかし、小選挙区の有力候補者数に関しては、議席を得るチャンスを見込めるのが2番手候補までに限られるから「M+1」の法則が作用する。こうして多党制のもとで「M+1」の法則が働く結果、小選挙区では一般的に、複数与党の統一候補と、与党に取って代わろうとする複数野党の統一候補とが一騎打ちをする構図に収斂する傾向がある。今回総選挙はその証左である。
与党の自民・公明両党はこの20年あまり、ほぼ継続して政権にあった実績をのりしろにして安定した関係を築き、盤石の候補者調整を行っている(中北浩爾(2017)『自民党』中公新書、145~155頁を参照)。その一方、立憲民主党、共産党、社民党などの野党にはそれほどまでの協力関係がない。そこで全国規模の運動体である「市民連合」や、その地域版の市民運動が間に入り、政策協定をのりしろにして野党間の距離を縮め、さらに候補者調整にも力を尽くす役割を担っているのが現状といっていい。
東京8区(おおむね杉並区全域)でも、この間、地元の市民運動が野党候補者の一本化をめざして地道な活動を進めてきた。しかし、立憲民主党・吉田晴美、共産党・上保匡勇、れいわ新選組・辻村千尋のいずれも新人である3候補が並立したままで、一本化にいたる展望がなかなか開けない状況が続いた。そこに舞い込んできたのが、れいわ新選組・山本太郎代表が8区から野党統一候補として出馬するという話である。そのことに関し、全国版市民連合による「衆議院総選挙における野党共通政策の提言」に2021年9月8日付で同意した野党4党が、少なくとも10月7~8日時点でトップレベルでの合意に達していたのはおそらく疑いない。また、メディアのなかには「各党で調整し、山本氏が野党統一候補になる見通し」と勇んで伝えたところもあった(https://www.tokyo-np.co.jp/article/135543)。
政党によるこうした頭越しの候補者一本化の動きに対して、地元の市民運動から強い抗議の声が上がったのは当然である。10月8日夕にはJR阿佐ヶ谷駅北口で急遽、第1弾の抗議集会が持たれ(https://digital.asahi.com/articles/ASPB86J6YPB8UTFK00S.html)、その後も連日のように街頭での訴えが続いた。また、「#吉田はるみだと思ってた」のハッシュタグをつけた投稿がツイッター上にあふれ、ツイッターデモの様相を呈した。
抗議活動をした当事者の意図は、地元の意向を無視したボス交渉による候補者調整にはっきり「ノー」の意思表示をするところにあり、抗議活動によって政党間の合意をくつがえせる成算があったわけではなかっただろうと推測する。だがその後、山本代表は8区出馬を取りやめ、比例代表東京ブロックから比例単独で立候補することを表明し、8区の共産党候補も立候補を撤回するなどした結果、ツイッターのハッシュタグに託された願いどおりに立憲民主党・吉田候補が8区の野党統一候補になることが決まった。選挙では吉田候補が13万7,341票を獲得し、自民党・石原伸晃候補に約3万2,000票の差をつけて完勝した。
分権・自治というと、国と自治体との間の行財政関係のあり方や、自治体と市民との間に生じた地域の争点をめぐる事柄だと考えがちである。だが、広く政党政治のあり方についても分権・自治の視点から語ることができるし、語るべきだとこの一件で思わせられた。
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