地方自治総合研究所

MENU
月刊『自治総研』

2009年6月自治動向


公共サービス基本法を自治的に考える
田口一博

「公共サービスに関し、基本理念を定め、及び国等の責務を明らかにするとともに、公共サービスに関する施策の基本となる事項を定めることにより、公共サービスに関する施策を推進し、もって国民が安心して暮らすことのできる社会の実現に寄与すること」を目的とし、衆議院における議員立法で立案された「公共サービス基本法」が2009年5月13日に成立、同20日に法律40号として公布され、7月1日から施行されることとなった。この法律では基本理念として、
 一 安全かつ良質な公共サービスが、確実、効率的かつ適正に実施されること。
 二 社会経済情勢の変化に伴い多様化する国民の需要に的確に対応するものであること。
 三 公共サービスについて国民の自主的かつ合理的な選択の機会が確保されること。
 四 公共サービスに関する必要な情報及び学習の機会が国民に提供されるとともに、国民の意見が公共サービスの実施等に反映されること。
 五 公共サービスの実施により苦情又は紛争が生じた場合には、適切かつ迅速に処理され、又は解決されること。
の5項目を掲げ、「公共サービスに関する国民の権利であることが尊重され、国民が健全な生活環境の中で日常生活及び社会生活を円滑に営むことができるようにすることを基本として、行われなければならない。」としている。
 基本法では以下、国や自治体、それに公共サービスの実施に従事する者の責務、国民の意見の反映等を全11条にわたり定めている。基本法施行にあたり、自治体で考えなければならないことは、どんなことだろうか。

 第一には公共サービスを委託した場合の責任の明確化(第8条)である。
公共サービスはどのような形で行われても、その実施にあたっての最終的な責任はその公共サービスを実施すべき者、自治体の場合であれば、その自治体自体にある。これはもちろん、それは実施形態が委託であるか直営であるかは問わない。国の「独立行政法人」ほどではないにしろ、自治体でも業務委託や指定管理者制度は広範に使用(あえて、利用とは言わない)されているが、自治体の職員が直接サービスを提供していない場合でも、その実施にあたっての責任は自治体にある。
ところで、業務委託にあたっての仕様書が適切でなかったときはどうであろうか。もちろん、仕様書は委託元である自治体の職員が作成している筈であるが、その場合の責任が自治体側となることはもちろんである。しかし、日頃仕様書に沿って業務を行っている委託先が問題に気がついたとき、どうするべきか。「仕様書どおりにやればよい」では、「安全かつ良質な公共サービスが適正かつ確実に実施される」(第11条)ことにはならないであろう。とかくモノを言いづらい契約を受ける立場であっても、きちんと問題点を指摘できる体制をつくることが自治体の責務である。

 第二には「公共サービスによる利益を享受する国民の立場に立った」(第10条)公共サービスの実施に関する配慮である。
行政の効率化として行われることが、往々にしてサービスを受ける側への負担の転嫁になっていることがある。出先機関の統廃合はその代表的なものであろうが、ここではもう少し別の配慮ができないか。サービスの実施にあたって事故は最も重大な問題だが、手続きがわからなかったり、間違えたりということもサービスの利用者にとっては事故である。最少の経費で最大の効果というのは、利用者にとっての効果を含めて考えられているであろうか。過度に職員を信用しない現行の自治体財務制度では、現金の取扱いは極めて厳格だが、それが利用者に不便や過重な手続きを強いていないであろうか。行政側の都合ではなく、利用者目線でサービスが組み立てられているか検証し、見直していくことも自治体の責務(第9条)である。

 第三には公共サービスの実施に従事する者の問題である。(第6条・第11条)
非正規労働者の処遇が問題となっているが、自治体にあっても正規職員と同じ仕事をする臨時・非常勤職員に「官製ワーキング・プア」という言葉が使われる昨今である。「官」という語の適否は別とするが、本来、専門性があるから経験や情報が豊富な事業者が担った方が良質なサービスが提供できると始められたはずの業務委託が経済性や効率性だけで行われるようになり、また、長期間の受託見込みがあるから先行投資も可能な案件も価格だけの入札が繰り替えされるようになった。その結果、最終的にはサービスを提供する者の労働条件切り下げで辻褄があわされるようでは、「責任を自覚し、誇りを持って誠実に職務を遂行」もできないであろう。非公務員である公共サービスの従事者は、団結権も争議権も行使できるのである。サービス提供に最終的責任を持つ自治体は、「適正な労働条件の確保その他の労働環境の整備」の検証責任[1] を負わなければならないのである。

 公共サービス基本法はわずか11条のコンパクトな法律だが、これをもとに考えなおすべき自治体の条例や規則、契約は膨大なものとなろう。第一に挙げた点だけでも、現場で発見された問題を政策課題として活かすための公益通報とは別チャンネルの機能を設計していく必要があるだろう。実施と政策が直結する自治体であるからこそ、公共サービス基本法の趣旨を体していくことができるのである。



[1]西尾勝は「サービス行政」『行政の活動』放送大学教育振興会、1992年、107頁において、「直営の費用についてはこれまで以上に徹底した分析を行い、その節減をはかる努力を続けるべき」と、ごみの収集運搬業務について述べている。直営が少なくなった今日、これに加え公共サービス部門における経費の節減が地域全体の経済循環や賃金体系にどのような影響を与えるかという視点での検討も必要であろう。


2009年6月26日 公共サービス基本法施行期日が定められた日に
文責 : 田口 一博