地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』

2009年8月自治動向


公文書管理法の成立と自治体
田口一博

 第171国会で「公文書等の管理に関する法律」が成立した。福田総理の強い意向で2008年2月、公文書管理担当大臣が置かれ、公文書管理の在り方等に関する有識者会議の7か月間、12回の議論により最終報告「時を貫く記録としての公文書管理の在り方」が作成された。これに基づいて内閣が法案を作成、2009年3月国会に提出し、衆議院で修正議決の上、7月1日法律66号をもって公布された。

  公文書管理法は基本的に国の行政機関に対する法律であるが、最後の34条に「地方公共団体の文書管理」として、地方公共団体に対し、法律の趣旨にのっとり、必要な施策を策定し、実施するように努めることとされている。

 さて、自治体の行う仕事は、自治事務と法定受託事務に区分される。しかし、公文書管理は、それが、何の事務に関するものであっても自治事務であり、かつ、それも自治体固有の規則によって執行される固有事務に由来するものである(戸籍事務の一部を除く)。このことは最終報告でも意識され、国と地方を通じた公文書館の連携などが言われたところであるが、近年の立法例では時折見られる手法である。

 自治体の公文書管理は、これまで歴史的事実の記録や知的資源であるという考え方は、ほとんど取り入れられてこなかった。多くの自治体で国の省庁が発した文書(かつての「通達」の類)が重要案件として扱われる一方、その自治体にしか存在しない固有の情報、特に意思決定過程の情報は保存すらされてこなかったのである。どういうことか。

 公文書の概念はかつての「決裁文書」から相当広範なものへと拡張されてきた。日本の行政で作成される決裁文書のほとんどは、ある一つの案だけが示されてその通りでよいかを上司に諮るものである。したがって決裁文書をいくら読んでも、多くの考え方や選択肢の中から、どうして決裁文書に示された一つの案に収束していったのかを読み取ることはできない。したがって後代に対し、説明責任を果たすことができない文書なのである。

 自治体にも基本政策、重要政策は存在するし、単に施策の実施であっても、さまざまな手法や対応が検討されるのは当然である。これまでの公文書に記録されなかった最終案が形成されるまでのさまざまな対案やそれらに対する比較検討は、会議や打ち合わせとして検討されることはあっても、途中で「捨てられた案」は残らないのである。上川大臣が「公務員の意識改革が目的」と表明しているように、これまで、作成されていたのに保存されてこなかった対案とそれに対する評価こそが、公文書の価値であるというように、行政機関の文書作成の大原則が変更されなければならないのである。公文書管理法4条はまさにそれであり、「経緯を含めた意思決定にいたる過程」こそが記録され、保存され、そして利用されなければならないのである。
そして、公文書の作成の在り方がそのように変わることで最も大きな影響を受けるのは「議案」でなければならない。これまでの議会(国会も同様であるが)には、ただ一つの案のみが提示され、その可否が諮られることが当たり前とされてきた。議案審議はと言えば、なぜ一つの案に収束していったのか、別の案の方がよいのではないかという、議案に「書かれていないこと」、しかし、案の作成過程で捨てられたことがらを問いただすことが主であった。公文書管理法が施行されれば、そのようなことは改めて質問により聞き出すことではなく、最初から示されていなければいけないこととなる。そもそも法の趣旨を考えるならば、議案が一案に収束されること自体が不適切なことと考えられるであろう。第171国会終盤で行われた臓器移植法改正案のように、複数の案の中から討議にもとづいて決定することが、議会の役割となるわけである。

  公文書管理法の施行は公布から2年以内で政令で定める日とされているが、自治体の公文書の在り方の見直しは、法の施行日を待つ必要は全くない。実務的には議案や起案文書の例文を定めている「公文例規程」等を公文書管理法4条に従い、説明責任を果たすことができるものへと改める必要があるし、その様な規程も執行機関の長が所属職員に対する訓令として定めるのではなく、住民に対する権利保障として条例化することが必要だろう。中でも、議会に提出される議案については、首長という、提案する側が決めるのではなく、審議を行う議会自身がどのような議案を出すようにと決めるのが当然のこととなろう。

  公文書の在り方が激変するようではあるが、これまで、案の作成過程からのパブリック・コメントを取り入れてきた自治体ではこれまでのやり方がようやく、法律上でも標準となったにすぎない。今後は多様な文書を電子的に利用しやすい形にしていくなど、公文書の使い勝手を上げていくことがより求められていくこととなるであろう。


 


文責 : 田口 一博