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2007年9月のコラム

「愚行」から何を学ぶか

 社会保険庁改革に「社会保険庁新組織の実現に向けた有識者会議」の座長として、ここ数年係わってきて、頭をよぎったのはバーバラ・W・タックマン著「愚行の世界史」(大杜淑子訳。原題;The March of Folly:From Troy to Vietnam.1984.)である。タックマンは、訳者大杜の紹介によれば、現在英米両国にとどまらず世界各国で最も読まれている歴史学者で二度のピューリッツァー賞を受け、その著書は一度ならずベストセラー入りをしたという。本書は「統治という最も重要な政治的行為がなぜ国家と国民の利益に反する政策を押し通すのか、その現象と原因のメカニズム」(同431頁、訳者解説)を解明しようとしたもので興味深い。タックマンは、失政を「暴政または圧制」、「過度の野心」、「無能または堕落」及び「愚行」の四つのタイプに分け、「愚行」を「国益に反する政策の追求」と定義し、愚行の典型として、例えば米国史上最長のベトナム戦争の愚行振りなどを取り上げている。

 このような国際政治を舞台にした国家レベルの「愚行」をここで云々するつもりはないが、「国益」を「国民の利益や生活」と置き換えて考えてみれば、タックマンの言う「愚行」は至る所にころがっている。経営の見通しもなく、経営能力もないのに、数多くの保養施設に年金原資を投入した失敗、宙に浮いた5千万件の年金記録問題に象徴される社会保険庁の無責任な管理体制、年金加入者の立場を度外視した過度の「申請主義」中心の運用、あるいは無責任・士気の低下をもたらした三重四重構造の人事システムの問題等は、制度の本質が国民(受給者)の利益を考慮し、いかにその権利を確保していくかにあるはずなのに、行政運営の都合や省庁の利害本位に運用されてきた結果であり(国民の利益を軽視した政策の追求)、今考えてみれば、後知恵ではあるが「愚行」の最たる例であるように思われてならない。

 「愚行」は、人の行為を介在して現れるが、それが制度や運用、あるいは慣行、さらには理論などによって虚飾されて隠蔽されてしまうから始末が悪い。年金受給資格の基本をなす加入期間の扱いは、転職や結婚などで転々とする。そこで転職や結婚の情報は本人が一番詳しい、その都度届け出て最終的に記録をそろえて本人に申請してもらうのが一番確実であり、なにしろ申請がないと年金を振り込む口座さえ分からない、というのが行政側の言い分である。このことを法律上制度化し理論化しているのが、本人が請求しないと年金受給権は生じないとする「申請主義」である。

 この点について、「転職などの情報を国が一元的に管理するようにすれば記録管理のミスはなくなると同時に<申請主義>を無くすことも可能」、との考え方もあるが、それでは個人情報に行政が深入りしすぎて問題となる。結局、問題は、国民と行政との協働の中で問題を解決し、いかに「愚行」に堕することのない年金行政システムを構築するかである。そこで考え出されたのが年金定期便であった。まず、年金加入者の年金情報を定期的に本人に送り、各人が年金情報を常時把握できるようにする。問題があれば問い合わせ是正を申し出て、年金加入期間などの誤りを正し、受給年齢直前にあらかじめ記録を記載した裁定請求書を送り申請を促す方式である。この制度は既に2005年から行われるようになっているが、これをさらに拡大してこの定期便を加入者全員に毎年送るようにするはずである。しかし、これで勿論「申請主義」が廃止されたわけではないが、過度の「申請主義」を改め、国民の立場を軽視するような「愚行」をいささかなりとも改めて行こうというのである。

 なにはともあれ、現在問題なのは、宙に浮いた5千万件の全ての年金記録の点検を早急に完了することであり、同時に「検証委員会」で検証しているように、社会保険行政の問題の背景・原因を明らかにし、これまでの「愚行」を「愚行」として終わらせないように、検証の成果を2010年に発足する日本年金機構の運営に反映することを期待したい。

さとう ひでたけ・早稲田大学法学学術院教授)

 

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