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2012年8月コラム

住民訴訟と議会の権利放棄議決

 最高裁(第二小法廷)は、本年4月20日、住民訴訟で市長等に対する損害賠償請求等を命じられた自治体が議会の議決によってその請求権を放棄した事案につき、合法性判断の枠組みを示しつつそれを認める初めての判断を下した。

 本判決は、外郭団体への派遣職員等の人件費の支給が争われた神戸市の事案4件と非常勤職員への退職慰労金支出が争われた大阪府大東市の1件が併合審理されたもので、いずれの事案も請求権放棄議決が行われたことからその合法性が争われ、原審大阪高裁判決では議決を有効としたもの3件、無効が2件と判断が分かれていた。

 判決は、結局、神戸市の1件につき破棄自判して住民側の請求を棄却、その他の事案は審理不尽として原審へ差し戻した。なお、栃木県さくら市の請求権放棄議決事案について、同第二小法廷が4月23日本判決と同様の判断を下している。

 ところで住民訴訟は1978年の最高裁判決(最判昭和53・3・30)で算定困難な事案とされ請求額にかかわらず訴訟費用が少なくてすむこととなり、4号請求の場合、市長等個人に相当巨額な損害賠償額を命じる判決も多く見られるようになっていた。また住民訴訟制度は、2002年の自治法改正で住民の代位訴訟形態から執行機関等を被告にして損害賠償請求等の義務付けを求める訴訟に変更されて議会の関与が可能となり、しかも、議決についてなんら制限規定が無いこともあって、議会が請求権放棄議決をする例が相次いでいた。この点につき原審判決の中にはそれは住民訴訟を無に帰せしめる議決権の濫用にあたり無効だとする判断もあって対立していた。そこで、最高裁は議会の権利放棄議決によって司法権により命じられた請求権を放棄できるかの判断を迫られることとなったのである。

 判決は、自治体の請求権放棄は長の担任事務であるが、権利放棄を議会の議決に係らしめたのは執行機関の専断を排除することにあるとし(判決文10頁)、請求権放棄議決の実体的要件についてこれを制限する規定が無い以上、その適否の実体的判断は公選された議会の裁量権に基本的に委ねられているとしたが、ただ、住民訴訟に係わる請求権の放棄については制度の特性を考慮した厳しい制約を課している。住民訴訟において請求権が認められる場合は様々であり、個々の事案ごとに、財務会計行為等の性質、内容、原因、経緯及び影響、議決の趣旨及び経緯、請求権放棄の影響、住民訴訟の係属の有無及び経緯、市長等の帰責性、その他の諸般の事情を総合考慮してこれを放棄することが自治体の民主的かつ実効的な行政運営の確保を旨とする自治法の趣旨等に照らして不合理であって裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たると認められるときは、その議決は違法であり無効となる(以上同11頁)と判示したからである。

 そして判決には、今後の議会の請求権放棄議決のあり方や立法論に大きな影響を与えると思われる千葉勝美裁判官(裁判長)の補足意見が付されている。例えば、請求権放棄が濫用・違法となる場合として、司法の判断を誤りだとして議決した場合、首長の個人責任追及自体を目的とした議決などがあげられ、単なる政治的・党派的判断や温情的判断で議決してはならないとも言及して議会に慎重な対応を求めるとともに、市長らの個人責任の範囲のあり方について国家賠償法制度との比較に言及してその範囲を限定する方法など、立法論にわたる補足意見ともなっている。

 問題は、住民訴訟制度は財務会計行為の合法性の判断及び爾後の予防機能だけでなく損害回復機能も担っていることである。権利放棄議決は、判決後であれば司法判断で認められた損害回復機能を放棄することとなり、訴訟継続中であれば訴えた住民の損害補填の期待を事前に否定するのであるから、住民訴訟の機能の一部を損なうことは否定し得ない。それ故、権利放棄議決と司法との関係につき、法廷意見が慎重に「住民訴訟の係属の有無及び経緯」を議決の合法性判断の考慮要素の一つとしている点に留意しておきたい。これに対して補足意見は、議会の議決の裁量権の範囲、適否については、対象となる権利・請求権が住民訴訟の対象となっている、あるいはその可能性がある場合と、そうでない場合とで異なることはないと述べているが(同18頁)、この点は問題であろう。

  2002年改正の際、すでにこの改正は住民訴訟の趣旨を大きく損なうとの批判があったところであるが、改正された現行制度を前提にする限り、本判決は、現行法上認められた議会の権利放棄議決の裁量性を前提にした上で、可能な限り住民訴訟制度の趣旨を没却しないよう配慮した最高裁の苦肉の判断と解すべきかもしれない。今後は、この判決が警鐘をならしている安易な権利放棄議決が行われることのないよう議会の自重に期待したい。

さとう ひでたけ 早稲田大学名誉教授)

 

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