地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』2023年6月コラム

「人口減少対策」が目指すもの

先日、大学のゼミで、様々な自治体の人口減少対策を調べていた学生たちが、「人口減少対策」という考え方そのものが、中高年の将来不安に立脚した政策という印象を受けると発言した。むろん、彼らは、今日の日本社会における急激な人口減少と少子高齢化が社会経済に与えるインパクトについて認識している。そのうえで、「自分たち若年世代に、日本の将来を背負っていくよう期待され、年金保険料を負担し、子どもを産めと言われているようで、話が重たすぎる。」「社会に出て、希望を持って生き生きと働き、自分の夢や目標をかなえることのできる職場があり、安心して家庭を持って、地域で暮らすことのできる環境があれば、おのずと結婚も出産もするだろう。そのような仕事と暮らしを可能とする地域をどのように創っていくのかという視点から、政策を志向してほしい。」というのである。

学生の発言には、重要な点が含意されている。行政が掲げる少子化対策は、たとえ出生率の改善や、安心して結婚や出産、子育てできる環境構築を目指して実施されるとしても、実際にどのような暮らしの実現に結び付くのかが見えづらい。出産一時金や児童手当などの支給を通じて、子育てに伴う経済的負担が多少軽くなることは想像できる。また、保育所の整備や、子育てに関する相談窓口の設置等による伴走支援により、子育てする人の孤立化を防ぎ、相談できる環境を整備しようとすることも理解できる。だが、こうした一つ一つの支援策を通じて、トータルにどんな暮らしの実現が可能となるのかが見えてこない。

その施策をみるとなおさらである。例えば行政による婚活支援。地方圏の市町村では、狭い地域のなかで、同世代はほぼ知り合いということもある。そこでやみくもに婚活支援を行っても、成果を期待することは難しい。若者には、行政が何を目指したいのかが分からないという印象を与えるに違いない。

2020年に三菱UFJリサーチ&コンサルティングが公表した「自治体における少子化対策の取組状況に関する調査報告書」によれば、都道府県の約9割、市町村の約8割が、少子化対策を通じて現に表れている効果について「なし」「無回答」となっており、ごく一部の自治体だけが、出生率の改善や、移住・定住者の増加などの効果があったと回答している。

成果を上げている自治体にはいろいろなタイプがあるが、トータルでどんなふうに豊かな地域を創造するのかという地域ビジョンの具現化に成功している自治体には活気がある。兵庫県明石市や、千葉県流山市のように、子育てしやすいベッドタウンとして施策を積み上げ、その様子が目に見える自治体には、子育てしやすい街での暮らしを求める人々がさらに転入する。

やみくもに弾を撃つのではなく、若い世代に、トータルな仕事と暮らしのデザインを示すことこそ、この世代の共感を得られる「人口減少対策」となるに違いない。行政による施策や事業のゴール設定を考えるとき、出生率の改善を目指すのか、それとも若い世代のウェルビーイング向上を目指すのか、という視点を意識することが重要だろう。

家庭を持ち、仕事を持ち、子どもを持つことを決めた人々の自己実現と暮らしを支える取り組みとしてわがまちでは何が必要なのか。地域にあるものを活かしたまちの再生が求められるに違いない。若い世代が限られた地方圏で若者を呼び込むには、若い世代が働いてみたくなる職場環境があり、住まいがあり、そこで家庭を持って暮らしたいと思えるような繋がりが持てる地域であるかどうかが問われるだろう。そしてそれは今や大金を稼げるといったことではなく、SDGsの理念に掲げられているような、環境にやさしく、弱者にやさしく、多様な人々が共存できる、そんな持続可能な暮らしの実現を可能とする環境構築であったりする。

改めて、ウェルビーイングの実現に向けた仕事や暮らしの創造に向けて、総合的な戦略を示すことが求められているように思う。

沼尾 波子東洋大学国際学部国際地域学科教授