地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』2023年10月コラム

「用意ドン!」への疑問符 法律施行日と事務実施の自己決定

分権改革のなかでは、見逃されている論点かもしれない。法律が制定されたり一部改正されたりしたときに、附則で施行日に関する規定が設けられる。規定内容によっては、二段階施行になる場合もあるが、施行日自体は全国一律になっている。自治体事務であるにもかかわらず、これは適切だろうか。

とりわけこの論点は、義務的事務について問題になる。景観法のように、そもそも任意的法定自治事務であれば、同法附則が「この法律は、公布の日から起算して六月を超えない範囲内において政令で定める日から施行する。……」と規定していても、同法を使う意思がない市町村に関しては、景観行政団体になって景観計画を作成しないかぎり、同法が適用されるわけではない。施行のボタンを押す自由は、市町村に留保されている。実際、景観計画を作成しているのは、全1,741市区町村のうち、642団体(36.9%)にとどまっている。ところが、義務的法定自治事務の場合には、「やらない自由」はない。

法律立案にあたる中央政府職員に「市町村という文言を規定する際に現場の実施体制の実情を頭に思い描いているか」と質問すると、「否」という回答が一般的である。一方、自治体規模が小さくなればなるほど、担当するのは「総務課」になる割合が高くなる。施行される法律の内容について、住民に積極的に知らせても行政に対応能力がないから知らせないようにしているという声は、何度も耳にしている。法治主義の空洞化ともいえるが、法治主義も絶対的モノサシではないような気がする。

小規模市町村による実施に対して中央政府はどのようなサポートをするのかと法案審議の際に問われると、答えは決まって、「詳細にガイドラインを作成します」「特別交付税措置をします」である。そんなことをしてもらっても、できないものはできない。

義務的自治事務を規定する法律を制定した国としては、国民のことを考えて、これを実施する責務がある。義務的事務である以上、自治体に拒否権はない。しかし、その施行は、地方自治の本旨にもとづいてなされなければならない。

妥協的解決としては、施行日を政令ではなく自治体条例の決定に委ねる方法がある。そうすると、永久に条例を制定しないかもしれないから、それはまずいというなら、遅くてもいつまでという期限を設定し、条例を制定しなくても期限到来とともに法律は自動施行されるとする。これはオプトイン方式であるが、政令の施行日について長くとも2年の範囲内で施行を遅らせうると条例決定するオプトアウト方式も考えられる。市町村の対応能力に違いがある事実を正面から受け止め、一律施行する規定とそうでない規定を分けることも考えられよう。

おそらく中央政府は、そうした違いを発生させるのは平等原則に反するというだろう。しかし、自治体事務なのであるから、「合理的差別」は許容される。なお、それが可能なのは、基本的に、事務が当該市町村で完結的になされるものであろう。広域的に展開する経済活動については、(納得できない面はあるが、)全国一律実施日とするほかないようにも思う。

恥ずかしながら自分自身、分権改革後20年を経過した最近になってようやく認識した次第である。中央政府にとっては当然であり、分権改革前からの慣性からすれば自治体にとっても当然なのかもしれない。しかし、真剣に検討すべき論点ではないか。外野席からのヤジにすぎないが、関係者には問題提起をしてもらいたいものである。

きたむら よしのぶ 上智大学教授・公益財団法人地方自治総合研究所所長)