地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』2024年3月コラム

分権一括法25年後の地方自治法改正案

日本語で「自治」と訳せる外来語がいくつかある。そのうちの1つに英語のオートノミーがある。これにローカルの付いた用例をあげると、憲法第92条「地方自治の本旨」はthe principle of local autonomy、地方自治法はTHE LOCAL AUTONOMY LAW、総務省自治大学校はLocal Autonomy Collegeである。

自治には2つの要素がある。1つは他者から不当な抑圧や介入を受けないこと、もう1つは自分たちで物事を決めていくことである。オートノミーはそのうち1つ目の要素に力点のある言葉である。2023年10月7日以後、遠くパレスチナの地で、そのオートノミーがイスラエル政府の手により暴力的に破壊され続けていることに日本でも多くの市民が心を痛めている(『とうきょうの自治』131号巻頭言参照)。

それと程度の点で比べるべくもないとはいえ、日本の自治体のオートノミーにも暗雲垂れ込める気配があることに最近ようやく気がついた。第33次地方制度調査会答申にもとづき、この3月上旬にも国会提出が予定されている地方自治法改正案がそれである。

法案の骨子をなすのは、①DX化を踏まえた対応、②地域の公私連携・協働の推進、③国の自治体に対する非平時の関与の特例の3つと聞く。このうち目を引くのは③で、なかでもハイライトは、答申の表現を使えば「大規模な災害、感染症のまん延等の国民の安全に重大な影響を及ぼす事態」にあたって「国民の生命、身体又は財産の保護のため」、国が自治体に対して個別法に拠らなくても的確かつ迅速に「指示」ができるように、一般法たる地方自治法のなかにその根拠規定を置くことにある。

答申は重大な事態に関連する個別法として、感染症法、新型インフル特措法、災害対策基本法の3法を示している。それは答申にいたる議論の中心論点にコロナ禍での政府対応のあり方があったことを思えば当然だが、ほかにも武力攻撃事態法や国民保護法などが関わると考えるのが自然だろう(読売新聞2024年1月25日付を参照)。

コロナ禍のような厄災は自治体はおろか国の境界線さえやすやすと越えて拡がるのだから、そうした政策課題に政府が広域的・集権的に取り組むのは理にかなっている。今回法改正に対し、4大紙のなかで一番理解を示す読売新聞は「非常時に最優先すべきは国民の安全の確保だ。(中略)日本全体の対策に責任を持つ国が、より主導的な役割を担うことは合理的だろう」と述べるが(同上)、その点にはなにも異論はない。だが、それと、法改正の必要性ということとはまったく別のことがらである。立法事実の当否をめぐって検討すべき論点は少なくない。そこからいくつか拾い上げたい。

2020年2月、安倍晋三首相は全国の小中学校、高校に一斉休校を求めているが、これは個別具体の法的権限にもとづいた要請ではない。政策としての適否はさて措いて、それは政治のリーダーシップの範囲内のこととは考えられないだろうか。それともリーダーシップを根拠づけ、また、タガをはめるためにも法改正が必要ということだろうか。

コロナ対策を支えた主要な根拠法は、新型インフル特措法、感染症法、検疫法の3法である。そのうち、そもそも検疫法がカバーするのはほぼ国の直接執行事務である。また、もっとも重要といっていい新型インフル特措法が定める国の権限はけっして弱くないうえ、自治体に割り振られた仕事は一部例外を除いて法定受託事務だから、その気になりさえすれば国のグリップが十分効く。「大阪モデル」などという言葉が生まれたようにコロナ対策が日本で分散的に展開されたおもな要因は、法制度そのものではなく、その運用にあたっての国の及び腰の姿勢にこそあったと考えるほうが素直ではないだろうか。

答申は「指示」などの関与を行うにあたって、国と自治体との間で十分な情報共有・コミュニケーションを図ることが必要と提言し、その点も今回法改正に反映される見込みである。そこからすぐ連想するのは、2011年5月に法制化されながら、その後、たなざらしに近い運用が続いている「国と地方の協議の場」のことである。さらにいえば、もともと国と地方の協議の場は、2004年9月、小泉純一郎首相が特段の法的根拠なく発した「首相指示」にもとづき、法的根拠なく設けられたものだが、三位一体改革の実現にあたってきわめて重要な役割を果たしている。これらの事実経過をどう考えたらよいだろうか。

法改正にあたって、法制度を変えさえすればうまくいくと考える制度フェティシズムからは離れたほうがいい。また、立法事実があやふやなまま法改正に進めば、地方自治法によって自治体のオートノミーが損なわれ、元も子もない結果を招くと考えたほうがいい。

小原 隆治早稲田大学政治経済学術院教授