帰って来いよぉ~
町には高校がない。鉄道の駅もない。東京からは新幹線とバスを乗り継いで3時間はかかる。車がなければ、ふだんの町内の移動もままならない。そして、高齢化率は5割を超えている。
あなたが町長なら、どうしますか。
ひとつの取り組みを紹介する。
伊豆半島の静岡県西伊豆町。
2024年に町内で生まれた赤ん坊は5人だけ。1980年代には14,000人を超えていた住民は6,300人まで減った。昭和の終わりには、町に4つの小学校があり、星野浄信町長(48)には「約60人の同級生がいた」という。
町長は考えた。活気を取り戻すには、もっと観光客を呼び込みたい。同時に、町を出た子どもたちに、できるだけ多く帰ってきてほしい。その一石二鳥をめざして始めたのが、ロケ地を観光資源として活用する「ロケツーリズム」だった。
町には国立公園の美しい海岸線がある。「時をかける少女」(1983)や「釣りバカ日誌3」(1990)などの舞台になってきた。
そんなメディアへの登場回数を増やし、映像で町の魅力を感じた人々が訪れるようになれば、飲食店や小売店ができ、働く場が広がる。さらに住民にはメディアに多く取り上げられる町だという町自慢の意識が芽生え、職場があるなら町に帰ろうという気持ちが高まるだろう、という発想だ。
町が活動を本格化させたのは2019年11月、東京・経済産業省で開かれたロケツーリズム協議会からだ。映像制作者と自治体関係者のマッチングの場で、初参加した町長は「あまちゃん」の岩手県久慈市の実践例などを見た。協議会はリクルートOBの立ち上げた会社が主体で、そのノウハウを町でも活かせると考えた。
町長は言う。「僕らの親世代は『ここには何もない』が口癖だった。テレビではトレンディードラマが流行し、みんな都会へ出るのが当たり前だと思っていた」。だが、都市で暮らしてみて初めて、「田舎の方がいいと実感した」。この思いを子どもたちにも伝えたい。
たとえば、駿河湾に沈む夕陽。住民には当たり前の日常だが、わざわざ見に来て涙を流す人がいる。こんな町の魅力を実感できれば、いずれは町に戻りたいと思う子どもが増えるに違いない。「そのために一番手っ取り早いのはテレビ画面からの情報なのです」
ロケツーリズムの会社からは、①ロケ内容を事前に聞き取るヒアリングシート②撮影現場で守るべき規約集③「権利処理確認書」を伝授された。とくに③は撮影後に曖昧になりがちな権利関係を事前に固め、人気俳優の撮影風景を利用したロケ地マップや関連グッズの販売に直結する。
町側も官民一体でロケを誘致する「ロケさぽ西伊豆」を中心に、制作者からの問い合わせに即応する体制を整えた。この結果、昨年までの5年間で映画やテレビだけでなく、CMや音楽ビデオなど400本近いロケがあった。
たとえば、テレビの人気番組「金田一少年の事件簿」は、「無人島っぽい光景」を探していた制作者に、町長が町の浜辺を売り込んだ。女子高校生たちがキャンプを楽しむマンガ「ゆるキャン△」にも町の温泉施設や公園が登場。その案内パネルや看板を設置したところ、海外からもファンが「聖地巡礼」にやってくる。
むろん、お金はかかる。住民向けのロケツーリズム講座や掲載情報誌の購入費なども含めて、町は「ロケ支援等業務委託費」に年間1,600万円ほどを計上してきてきた。「契約額が高い」との声もあるが、町職員は「ロケ隊の宿泊や弁当代、会場使用料などで2024年度は2,000万円を超える金が町に落ちた」と胸を張る。
現場ではロケ隊への仕出しを町の婦人会が担ったり、住民のエキストラ出演が増えたり。町ぐるみの活動になりつつある。観光業者にも、「映像に惹かれて来る人が増え、売り上げが伸びた」「アニメや音楽ビデオの若いファンも多い」といった反応が広がる。
ただ、ロケツーリズムは北海道函館市、千葉県茂原市、愛知県幸田町、長崎県島原市など多くのライバル自治体がいる。次々に生まれるヒット作によって、「聖地」も移ろいやすい。
投じた税金に見合うように、住民に郷土愛が育まれるのか。町を出て行く人々に「帰って来いよぉ~」と響くのかどうかは、まだわからない。
それでも、「住民一人ひとりがより良い町にするために参画しようという当事者意識、自負心」という意味での「シビック・プライド」を醸成する、その一つのきっかけになる可能性はあるように思える。