2026年4月 気になる地方自治トピックス
カスタマーハラスメントに対応する法制度の動向
1 いわゆるカスハラ
カスタマーハラスメント(Customer Harassment、以下「カスハラ」という。)とは、顧客等からの暴行、脅迫、ひどい暴言、不当な要求等、社会通念上相当性を欠く言動によって、就業者の就業環境を害する行為を指す。本来、顧客等からのクレームは商品・サービスや接客態度などに対する不満を表明するものであり、それ自体が直ちに問題となるものではない。しかしながら、クレームの中には、過剰な要求がなされたり、要求を実現するための手段・態様として社会通念上不相当な言動が含まれたりする場合があり、さらにそれが就業者に過度な精神的負担を与えるときには、当該クレームがカスハラに該当する可能性がある。
近年、国、地方自治体(以下「自治体」という。)及び民間事業者など各種の主体による調査を通じて、カスハラの発生が広範に確認されており、また、カスハラによる就業者の日常業務の停滞や業務効率の低下などが指摘されている。
カスハラの防止は、国及び自治体の政策課題の1つとなっている。本稿では、カスハラに対応する法制度の最新動向を明らかにするため、法律が定めるカスハラ対策と自治体の条例が定めるものとに区分して整理する。なお、「就業者」という用語については、法律では「労働者」が用いられており、条例では主に「就業者」が用いられているが、「従業者」が使用されている例もある。本稿では、特に区別せず、法律の規定を除き「就業者」に統一する。
2 法律が定めるカスハラ対策
2025年6月に、多様な労働者が活躍できる就業環境の整備を図るため、「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」(いわゆる労働施策総合推進法)の一部改正が公布された。同法は、2026年10月に施行される見通しである。
法改正においては、カスハラを、①職場において行われる顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者の言動であって、②その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより、③当該労働者の就業環境を害すること、と定義している。法改正は、事業主に対し、相談体制の整備等、雇用管理上必要な措置を講ずる義務を課している(33条1項)。また、カスハラに起因する問題について、国、事業主、労働者及び顧客等の各主体の責務を明確化している。すなわち、国の責務として、カスハラ等を行ってはならないことについて国民の規範意識を醸成するための啓発活動を行うこと(34条1項)、事業主の責務として、自らの就業者又は自らが顧客等としてカスハラを行わないよう必要な措置を講ずること(同条2項、3項)、労働者の責務として、自らが顧客等としてカスハラを行わないよう注意を払うこと(同条4項)、顧客等の責務として、労働者に対する言動が当該労働者の就業環境を害することのないよう注意を払うこと(同条5項)が定められている。もっとも、法改正は主として事業主による雇用管理措置を中心とするものであり、罰則の導入等を含め、カスハラが具体的に発生した場合における行為者たる顧客等に対する直接の対応措置は設けられていない。
3 自治体におけるカスハラ防止条例の制定状況とその内容
(1) 制定状況自治体においては、カスハラ防止条例の整備が、国における法制度の整備に先行して進められている。東京都においては、2024年10月に全国で初めてカスハラ防止条例が成立し、2025年5月に施行された。一般財団法人地方自治研究機構の公式ウェブサイト(https://www.rilg.or.jp/htdocs/img/reiki/162_customer_harassment.htm)に掲載されている「カスタマーハラスメントの防止を目的とする条例」によれば、2025年12月23日時点で、12の自治体がカスハラの防止を目的とする条例を制定している。具体的には、東京都、北海道、三重県桑名市、群馬県、群馬県嬬恋村、群馬県中之条町、愛知県、静岡県、静岡県長泉町、茨城県城里町、島根県美郷町及び埼玉県である。
自治体におけるカスハラ防止条例の名称は、いずれも「〇〇カスタマーハラスメント防止条例」(以下「〇〇条例」という。)とされている。その内容は主として、目的、定義、基本理念、自治体の責務、事業者の責務、就業者の責務、顧客等の責務、対策の措置について規定されている。以下では、それを詳しく見てみよう。
(2) 条例の内容
ア 目的
条例の目的としては、概ね、①住民生活の向上、②社会経済の健全な発展、の2つが見られる。例えば、愛知県条例は、「県民生活の向上及び本県産業の持続的な発展に寄与すること」(1条)を目的としている。城里町条例は、「豊かで安心した町民生活の充実と町の経済活動の健全な発展に資すること」(1条)を目的としている。他方で、静岡県条例及び埼玉県条例においては、「持続可能な社会の実現」が目的として掲げられている。これらの条例における持続可能な社会の実現は、安全・安心な労働環境の整備を通じた経済の持続可能性の確保、及びカスハラ防止を通じた社会関係の安定、いわゆる社会の持続可能性の確保という2つの側面から理解することができる。
イ 定義
定義においては、事業者、就業者、顧客等、カスハラについて、用語の意義が定められている。「事業者」については、広義に定義されており、すなわち民間企業のみならず、国や地方公共団体が含まれる条例が複数ある。例えば、中之条町条例は、事業者を「町内で事業(非営利目的の活動を含む。)を行う法人その他の団体(国や地方公共団体を含む。)又は個人をいう」(2条1号)と定義している。北海道条例は、事業者を「顧客等に物品又は役務を提供する事業(非営利を含む。)を行う法人その他の団体(国や地方公共団体の機関を含む)又は個人をいう」(2条2項)と定義している。
「就業者」についても、広義に定義している条例がある。すなわち、「事業者の行う事業に係る業務に従事する者」に限らず、静岡県条例2条2号及び群馬県条例2条2号において定められているように、「事業者の事業に関連し、県外でその業務に従事する者を含む」、また、城里町条例2条2号及び中之条町条例2条2号において定められているように「顧客等と直接の契約関係にあるか否かを問わず、事業者の役員若しくは使用人その他の従業者又は個人」を含むと幅広く定義している条例も見られる。
「顧客等」については、桑名市条例2条3号のように「事業者等がその商品、製品、サービス等を提供する相手方」と定義している条例がある。さらに、群馬県条例2条3号及び埼玉県条例2条2号のように、今後、その「提供を受ける可能性がある者」を含めている例も見られる。このように、「顧客等」の範囲を現在の取引関係にある者に限らず、将来提供を受ける可能性のある者にまで拡張する場合、時間的・人的範囲のいずれにおいても極めて広範な概念設定となる。
また、「カスハラ」の定義については、前述した労働施策総合推進法の規定とほぼ同様に、①顧客、取引先、施設利用者その他の利害関係者が行うこと、②社会通念上許容される範囲を超えた言動によること、③就業者の就業環境を害することとしている。
ウ 基本理念
ほとんどの条例においては、基本理念として、カスハラが就業者の心身又は就業環境を害する行為として社会全体でその防止を図らなければならないという認識が確認され、カスハラの防止にあたり、就業者と顧客等が対等の立場において相互に尊重する旨が確立されている。
また、カスハラの防止にあたり、顧客等の要望の申出や権利が侵害されないことを、基本理念として明記する条例がある。例えば、中之条町条例3条3項は、「カスタマーハラスメントの防止対策は、顧客等の要望の申出や権利が不当に妨げられることのないよう配慮しなければならない」と定めている。さらに、それを条例の適用上の注意として明記する条例もある。例えば、群馬県条例4条は、「この条例の適用に当たっては、顧客等の権利を不当に侵害しないよう留意しなければならない」と定めている。
エ 自治体の責務、事業者の責務、就業者の責務、顧客等の責務
自治体の責務、事業者の責務、就業者の責務、顧客等の責務については、それぞれ詳細な規定が制定されている。「自治体の責務」として、主に、①カスハラ対策の実施、②事業者及び就業者への啓発及び情報提供、③国、その他の関係機関との連携が定められている。
「事業者の責務」としては、主に2つの内容が定められている。すなわち、①カスハラを受けた就業者の保護に関する体制の整備、②自治体が実施するカスハラ防止施策への協力である。そのほか、静岡県条例7条3項のように、自らの就業者が顧客等としてカスハラを行わないよう必要な措置を講ずる努力義務を規定する例がある。また、愛知県条例6条5項のように、カスハラの防止に関して、他の事業者から協力を求められたときの協力を努力義務として規定する例もある。
「就業者の責務」について、条例においては特に規定が設けられていない場合があるが、規定が設けられている場合に、主に①カスハラの防止に関する取組みに協力する努力義務、②カスハラの防止に資する行動をとるようにする努力義務がある。また、カスハラの防止に資する行動は何を指すのかについて、例えば、「顧客等の意見を聞くこと」(群馬県条例8条1項)や「自らの言動によりカスタマーハラスメントを生じさせないよう、注意を払わなければならない」(嬬恋村条例7条)とすることが見られる。
「顧客等の責務」については、主に3つある。①カスハラの防止に関する取組みに協力する努力義務のほか、②カスハラに係る問題に対する関心と理解を深め、就業者に対する言動に必要な注意を払うこと、③カスハラの禁止が定められている。
また、カスハラの禁止に関する規定を顧客等の責務として位置付けている条例のほかに、カスハラの主体が「顧客」ではなく、「何人も」となっている条例もある。例えば、東京都条例4条は、何人も、あらゆる場において、カスハラを行ってはならないと定めている。
オ 対策の措置
いくつかの条例においては、カスハラ防止対策が具体的に提示されている。その内容は自治体によって異なるが、主として、①カスハラ防止に関する指針の策定、②カスハラ防止に係る支援の事業等に関する情報の提供、③カスハラ防止に資する行動に関する啓発及び教育、④カスハラ防止に関する相談及び助言が見られる。これ以外、例えば北海道条例においては、カスハラ防止に係る取組みに関する人材の育成等についての規定(12条)がある。埼玉県条例においては、県は事業者等が行うカスハラ防止に関する取組みについて、優良であると認める場合には、表彰その他の必要な措置を講ずるもの(13条)と定められている。
このように、自治体におけるカスハラ防止条例は、就業者の就業環境を守るという目的にとどまらず、地域住民の生活向上や地域経済の発展といった、より広範な目的を掲げている。これらの目的を達成するため、自治体、事業者、就業者及び顧客等のそれぞれについて責務を定めている。また、カスハラ防止対策として、啓発・支援・相談体制の整備を中心とするソフトロー的手法を基調としつつ、自治体ごとに多様な内容を有している。もっとも、前述した労働施策総合推進法と同様に、罰則の導入等を含め、カスハラが具体的に発生した場合における行為者たる顧客等に対する直接の対応措置は、条例において設けられていない。
4 三重県桑名市におけるカスハラ対策委員会と確定・認定の仕組み
12の自治体におけるカスハラ条例について整理・検討した結果、ほぼすべての条例において、自治体はカスハラ防止の過程で、住民への啓発や事業主への情報提供など、いわば後方支援的な役割を果たしているといえる。これに対し、桑名市条例は、カスハラ対応において一歩踏み込み、設置したカスハラ対策委員会(以下「委員会」という。)を通じて、自らカスハラの確認及び認定を行う仕組みを採用している。これは、カスハラ対策の試みとして注目に値し、今後の制度設計にとって参考となりうるものである。以下では、桑名市の仕組みを紹介した上で、若干の検討を加える。
桑名市において、就業者又は事業者等は、その顧客の言動がカスハラに該当すると考えられる事案が発生したときは、市長に対し、確認又は認定を求めることができる(そうした就業者又は事業者等を以下「請求者」という。)。なお、確認とは、当該行為者を特定することなく当該言動がカスハラに該当すると判断することをいい、認定とは、当該行為者を特定した上で当該言動がカスハラに該当すると判断することをいう(桑名市条例8条1項)。市長は、確認又は認定の請求を受けた場合に、条例7条1項に基づき設置した委員会に諮問しなければならない(同条2項)。委員会は、調査審議の上、その結果を市長に答申する(同条3項)。市長は、答申を受けたときは、確認又は認定を行うか否かを決定し、その旨を請求者に報告する(同条5項)。また、認定については、委員会は、調査審議の際に、行為者の意見を聴取するものとされている(同条4項)。市長は、確認又は認定を行ったときは、当該事案の概要を公表する(9条1項1号)。また、認定した場合には、行為者に対して警告を行う(同項2号)。さらに、市長は、警告を行ったにもかかわらず状況の改善が不十分であると認めるときは、氏名その他の当該行為者を特定することができる情報を公表することができる。もっとも、この場合に、市長は、当該行為者に意見を述べる機会を付与するとともに、委員会の意見を聴かなければならない(同条2項)。
2026年2月24日時点で、桑名市の公式ウェブサイト(https://www.city.kuwana.lg.jp/shoko/shigoto/cusharaboshi/gaiyokohyo.html)において、公表されているカスハラ案件が2件(運輸業関係1件及び医療関係1件)あり、いずれも認定に関する案件である。公表されている内容は、①事案発生の時期、②請求者の業種、③カスハラに該当する行為者の言動、④認定を行った理由、⑤警告書が発出された時期及び内容である。
もっとも、条例においては、市長は、認定事案の概要を公表し、行為者に対して警告を行った後も、その状況の改善が不十分であると認める場合には、さらに氏名等行為者を特定し得る情報を公表することができるとされている。この場合には、認定にあたり行為者の意見聴取を行うことや、委員会の関与を経ることが制度上予定されており、一定の事前手続的配慮が図られていると評価することができる。
しかしながら、行為者を特定し得る情報の公表は、個人の名誉・信用を毀損し、大きな社会的制裁効果を及ぼすおそれがある。さらに、情報流通の特質に鑑み、一度公表された情報によるダメージは、事後的に回復することが困難である。そのため、自治体は、公表に伴い生じ得る結果について十分に配慮し、慎重な運用を行うことが求められるとともに、条例で定められた「状況の改善が不十分である」ことを判断する基準の明示や、条例運用の透明性の確保については、なお検討する余地がある。
本稿では、カスハラに対応する法制度の動向を整理し、若干の検討を加えた。法律の施行に伴い、自治体における条例整備の動きがさらに広がることが見込まれる。カスハラ防止の過程における法制度の整備及びその運用については、今後の動向が注目される。
【主な記事・資料】
・「カスハラとは? 法改正により義務化されるカスハラ対策の内容やカスハラ加害者とならないためのポイントをご紹介」[政府広報オンライン 2025/10/07]
・「カスハラ対策、2026年10月に義務化 厚生労働省が方針表明」[日本経済新聞 2025/11/17]
・「カスハラ受けた経験ある公務員が半数近くに ― 労働組合調査 ― 」[日テレNEWS 2025/12/01]
・「公務員7万人回答『カスハラ』半数が被害、4割が健康に影響 議員からの要求、暴行、ネット中傷も…“過酷な実態”明らかに」[弁護士JPニュース 2025/12/02]
・「労働施策総合推進法 一部改正でハラスメント対策強化」[政府広報オンライン 2025/10/07]
・「カスハラ対策、企業が本腰 迷惑行為に『対処手順』、録音機も」[時事通信 2026/01/09]
・「『後ろからぶち殴っちゃってもいいぐらいでよ』、町職員を脅すカスハラで元運転手に有罪判決…地裁支部『脅迫行為は一方的かつ執拗で悪質』」[読売新聞オンライン 2026/01/09]
・総務省自治行政局公務員部公務員課女性活躍・人材活用推進室「地方公共団体における各種ハラスメントに関する職員アンケート調査」(2025年4月)
・長野県産業労働部労働雇用課「令和6年度長野県カスタマーハラスメント実態調査結果報告書」(2025年3月)
・日本自治体労働組合総連合賃金権利局「カスタマーハラスメント調査結果」(2025年11月)
・株式会社帝国データバンク情報統括部「カスハラ、直近1年で企業の15.7%が被害『あり』 ― 対個人取り引きの『小売』で3社に1社が経験 ― 」(2024年7月23日)
・一般財団法人地方自治研究機構「カスタマーハラスメントに関する条例」(2025年12月24日更新)
・「東京都、全国初のカスハラ防止条例成立 25年4月施行」[日本経済新聞 2024/10/04]
・「理不尽なカスハラ被害を防げ 各地で条例施行、氏名公表する自治体も」[朝日新聞 2025/04/01]
・「『大声で威圧』『土下座強要』はカスハラ…厚労省が対策指針案、該当例を明示」[読売新聞オンライン 2026/01/21]
・「全国初、『警告後もカスハラ継続』なら氏名公表…三重・桑名市でカスハラ防止条例施行」[読売新聞オンライン 2025/04/02]
・「カスハラを初認定、三重・桑名 運輸業者に暴言、弁償金を過大請求」[朝日新聞 2025/07/02]
・「全国初“カスハラ条例”の三重・桑名市 入院患者の行為を2件目として認定 看護師に治療費の肩代わり要求」[名古屋テレビ 2025/12/12]