地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』2025年8月コラム

消費減税と地方財政

物価高騰が止まらない。その背景にはウクライナ危機に端を発するエネルギー価格の上昇や円安による輸入物価の上昇などの国際情勢と人件費や物流コストの上昇などの国内要因が複合しており、その対策は容易ではない。生活に直結する消費者物価指数は今年4月現在で44ヶ月連続プラスとなっており、食料品、加工品、日用雑貨など多くの生活必需品で値上げが続いている。この物価高騰を象徴するのがいわゆる令和の米騒動に端を発する米価上昇で、5キロあたりの全国平均価格は昨年夏から2倍超に達し、家計負担の増加に対する国民の不満は一気に高まった。

これに対し、7月の参議院選を見据えて与野党とも物価高騰対策を打ち出しており、現金給付を公約とする自民党と消費税の減税や廃止(以下「減税等」と呼ぶ)などを掲げる野党との対立軸が鮮明となっている。本稿が掲載される頃にはこれらに対する評価が下されているだろう。

この間の消費減税等をめぐる主張でもっとも気になるのは、これにともなう地方財政への影響についてほとんど言及がないことである。

消費税率10%のうち2.2%は道府県税の地方消費税であり、その2分の1は地方消費税交付金として市町村の歳入となる。2.2%のうち1.2%は社会保障施策に充てられており、自治体では社会保障財源化分の具体的な経費が公表されている。さらに消費税のうち地方交付税の財源分(19.5%)を含めると消費税の4割弱が地方の財源となっている。2025年度の地方消費税は6.5兆円、地方交付税の消費税原資分は4.9兆円が見込まれており、地方にとっては基幹的財源である。

減税等に関する財務省の試算では10%を5%に引き下げた場合13.5兆円の減収、食料品などの軽減税率分を0%にすると4.8兆円の減収となり、社会福祉、社会保険、保健衛生などの主要な社会保障施策を担う地方自治体への財政的影響は看過できない。地方財政に話が及ばないのは、地方交付税による財源保障が暗黙に期待されているのかもしれないが、今年度、制度発足以来24年目にしてようやく地方の借金(臨時財政対策債)による財源対策が解消されたことを踏まえると、数兆円単位の穴を埋めることは地方に再び借金を強いることになり、無理筋な期待である。それぞれの主張では減税等に対する各種財源確保策も提案されているが、自治体間の偏在性がもっとも小さい地方消費税を手放した後の財政格差をどのように補てんするのだろうか。

財政は私たちが必要とする公共サービスの財政支出を量って、それに応じた租税等の歳入を確保する「量出制入」の原則を基本としており、家計などが収入の範囲で支出を決める「量入制出」の原則とは性格を異にする。これらを踏まえると家計の負担を軽減するために消費税を減税あるいは廃止するというのは双方の原則を混同しているといわざるをえない。「量出制入」の原則からすれば、消費減税等はその見合いの公共サービスを政府として担わず、家計の支出に委ねるということと同意であり、特に地方消費税を減税することは社会保障サービスの一部を自助や共助で支えてくださいという理屈になる。

最近のNHKの世論調査では消費税の減税あるいは廃止を求める回答が5割を超えており、家計負担の危機感が高いことは明らかである。その一方で日経新聞の世論調査では社会保障の財源との関係で質問したところ税率を維持すべきという回答が5割を超えている。両回答を考え合わせると、人々が求めているのは消費税相当分の値段を下げてもらいたいのではなく、物価高騰のなかで、それぞれの安心な暮らしを求めているということではないだろうか。そうであるならば、必要なことは減税等よりも中間層、低所得者層などが直面するさまざまな生活難にきめ細かく対応する政策であり、その最前線に立つ自治体の財源を安定して確保することが優先されるべきである。

そもそも消費減税等を世論が支持するのは、生活難に対し、全国一律にお金を配ってお茶を濁すような政府の「量出」への不信や失望の裏返しであろう。先日、芦屋市長のブログに次のようなことが書かれていた。「目の前の市民一人ひとりに寄り添い、支えることは、市民の暮らしに最も身近な存在である市役所の職員しかできません。だからこそ。一律の金額の申請を受け付け、振り込む仕事は、国の方でやっていただきたいです」。市民に寄り添う政策こそが本来の物価高騰対策である。

とびた ひろし 地方自治総合研究所副所長)